「みんなでつくるごはんの未来」開催レポート「何を食べるか」は、日々の小さな選択です。でも、その選択が10年後、20年後の自分の体を作り、食文化の未来を形づくっていくとしたら、どうでしょうか?11月3日、ワクワクワークの鎌倉サテライト拠点で開催されたトークライブ「みんなでつくるごはんの未来」では、ワクワクワーク代表の菅野のなさん、創業者の松波苗美さん、そして埼玉県小川町で無農薬・無化学肥料の野菜を育てる横田農場の横田岳さんが登壇!ごはんのより良い未来に向けて、生産者と消費者のつながり、共に食べる価値、そして気候変動の中での食文化について語り合いました!「いいごはん」ってなんだろう?菅野さんがワクワクワークで料理教室を始めてから、18年が経ちました。その間、ずっと大切にしてきたのが「自分にとって"いいごはん"を日常のど真ん中に置く」ということです。「18年続けてみて、私たちは皆、すごく元気な集団になっているんです」と菅野さんは笑います。「何を買ってきたか、何を食べてきたかの結果なんですよね。自分自身にじわっと染み渡るようなごはんを日常のベースにしてきたことが、元気の秘訣なんじゃないかと思います」では、「いいごはん」とは何でしょうか。横田さんは「その土地と、食べている人、その時代の気持ちがこもっているもの」だと語ります。単なる栄養摂取の手段ではなく、土地の風土や人々の営み、時代の文脈が詰まった文化的な存在――それが「いいごはん」なのです。松波さんは、この話を聞いてこう応えました。「『土と顔が見えるごはん』って、すごくいいコラボレーションですよね。これこそが、私たちがずっとやってきたことの本質なんだと思います。」「いいごはん」とは、「土と顔が見えるごはん」。では、土と顔が見えるごはんはなぜおいしいのでしょう?食と農にまつわる探求が始まりました。食べるものへの「解像度」を取り戻そう「土と顔が見える」とはどういうことか。横田さんは、「解像度」という言葉で説明します。「畑で実際にどういうことが起こって、何ができて、どのようにして自分の口元まで運ばれてくるのか。その解像度が上がれば上がるほど、今の食べ物を大事にしようと思うんですよね」「消費者は知らないがゆえにいろいろなことをするし、農家も消費者の反応を知らないから、都合がいいことをしてしまう。でももうちょっとお互いが近づけたら、もっといいはずなんです。農家は、『おいしかったよ』って言ってもらえたら、やっぱり嬉しいんですよ」菅野さんも深く共感します。「私たちも誰かのために料理したときに『おいしい』って言ってもらえたら嬉しいですしね」「おいしかったよ」――このシンプルな言葉が、生産する人- 料理する人- 食べる人を通してちゃんと伝わる関係にあること。それが食への解像度を上げ、ご飯を美味しくする第一歩なのです。曲がったニンジンが教えてくれる物語では、食の「解像度」を上げるために、他にどんなことができるのでしょうか?菅野さんは、野菜を例に話してくれました。スーパーに並ぶ野菜は、どれも形が整っています。でも、それが当たり前だと思っていませんか?「野菜一つとっても、できる土によって、形も味も変わってくるんですよね。同じ野菜でも、その土地の土、その年の気候によって、一つ一つ違う。でも、画一的に整った野菜ばかりが並んでいると、私たちは無意識に品定めして、良し悪しで選別するという感覚になってしまうんです」と菅野さん。「でも実は、それぞれが多様性の一つなんですよね。その先につながっている自然を、野菜を通して知ることができる。だから、どんな顔をしていても受け入れてほしいんです」横田さんも、野菜の形に込められた物語を教えてくれました。「ニンジンが曲がっている理由は、石があったからかもしれないし、前の世代の種の記憶が蘇ったのかもしれない」「曲がり方は、土が浅いところでどうやって大きく育とうかとした結果でもあるんです。その場所で最良の状態になろうとした努力の結果が、野菜の形に現れているんですよ」こうした考え方は、人間の育成にも通じると菅野さんは言います。「ふかふかの土壌で育った方が、のびのびするじゃないですか。料理教室でも、どういう環境で人が育つかをすごく大切にしているんです。生徒さんたちが、みんな楽しくのびのびとやってくれている。そんな光景を作りたいんです」横田さんも深くうなずきます。「まさに、その光景を生みたくて農業をやっているんです。どういう考えで、どういう思いで何を育てて、自分はどうなっていくのか。人と土は同じなんですよね」記憶が刻まれたものを食べよう野菜には、土地の物語が刻まれている。ニンジンの曲がり方には石の記憶が、種には前の世代の記憶が。では、料理にも、何かが刻まれているのでしょうか?松波さんは、食べ物と記憶の関係について、印象的な言葉を残しました。「ファストフードのような刹那的な食事もあるけれど、『今日ここでみんなで何かしたね』という記憶は、ごはんを食べると思い出されるんです。京都での2日間レッスンでも、みんなで仕込んだものや作った時間が強く印象に残って、後で仕込んだものが家にあることが、その体験を継続させるんですよね」一つ一つそこに刻まれたもの――誰かの思い、共に過ごした時間、作り手の顔――それが、食べるものに宿っていく。だからこそ、松波さんは「記憶が刻まれていないものは食べないようにしたい」と考えるようになったと言います。誰が作ったか分からない、物語の見えない食べ物よりも、思いや記憶が込められた食べ物を選びたいと。それは、大量生産・大量消費の食のあり方への静かな疑問でもあります。誰が、どんな思いで、どこで作ったのか。そうした物語が刻まれた食べ物こそが、私たちの心と体を本当に満たしてくれるのです。共に食べることの意味松波さんの話の中で、繰り返し出てきた言葉があります。「みんなで何かしたね」「みんなで仕込んだ」「共に過ごした時間」――。食べ物に刻まれる記憶の多くは、実は「誰かと共に」過ごした時間なのです。菅野さんが18年間で痛感してきたのも、まさにこの「共食」の価値でした。「みんなでごはんを食べる場所があるということが、すごく重要なんです。みんなで作って一緒に食べて、満ち足りた気持ちが残る。そういう景色を残したいんですよね」最近、菅野さんは「共食」という言葉をよく使うようになったと言います。共に食べる意味、共に過ごす意味、「同じ釜の飯」という概念。みんなで食べることの喜び。「これを体験している団体はあまりないと思うので、みんなで食べるということを伝えていくことが、私たちの使命なのかなと思っています」松波さんは、この「共食」の価値を象徴するものとして「おにぎり」を挙げました。「おにぎりには、いろいろな意味が含まれているんです。共食の意味も、その土地の大切なものも。シンプルにもにぎやかにもなれるし、みんなで握ることもできる。量が減ってきても調整できる。食の大切さを伝えやすいのが、おにぎりなんですよね。みんな好きですし」そう言われてみると、おにぎりが嫌いな人は、あまり会いませんね。地形が決めた食文化では、こうした「共食」や「郷土料理」は、どのように生まれてきたのでしょうか。横田さんは、埼玉のうどん文化を例に、地形と食文化の密接な関係を解説してくれました。「埼玉県の西部や北部では、お米が作れなかったんです。だから、お米の裏返しとして小麦を主食にしてきた。この歴史を知ると、うどんを食べることへの理解が深まるんですよね」関東平野から秩父に向かう旅を想像してみてください。低地ではお米が広がっていますが、丘陵地帯に入るとうどん文化に変わります。さらに山がちになると、お米もうどんもできないので、お茶を作るようになる。「狭山地域では、お茶が現金稼ぎの手段だったんです。副業としてうどんを作りながら、お茶を特産品として売っていた。これも、お米が作れないことの裏返しなんですよね」郷土料理の多くは、こうした地形に由来しています。痩せ地では何が育つか、お米が育てられるか。土地の制約が、創意工夫の歴史を生み出してきたのです。変化を受け入れる文化こうした郷土料理や伝統食を「守る」とき、私たちはどうしても過去の一時点に固定してしまいがちです。でも、横田さんはそれに警鐘を鳴らします。「歴史や伝統、文化を守ろうとするとき、『こうじゃなきゃいけない』と過去に巻き戻してしまうことが多いんです。でも、郷土の食文化も、そこで急に出来上がったわけではなく、連綿と続いてきた中でその時点で固まっただけなんですよね」「生きている文化には、必ず変化が伴っているんです。誰かがその変化を受け入れて、世の中に広がっていく。それをずっと続けているんですよね」興味深い例として、横田さんは先日のイベントの話をしてくれました。池袋で開かれたFARM to STREETで、イタリアのシェフがうどんの粉を使ってオレキエッテ(耳たぶのような形のパスタ)を作ったというのです。「イタリアンの本質は、その土地の食材を生かすことなんです。再現することじゃない。だから、日本の小麦でパスタを作ることが、実はイタリアンの文脈なんですよ」こうした交わりの中で起こる変化は、歴史的にも多く見られます。イギリスから帰ってきた軍艦の中でカレーを作ろうとしたら、肉じゃがができてしまった。天ぷらは、ポルトガルから入ってきて日本食になりました。カステラ、ドライカレー――外来の料理も、時間をかけて日本食として定着していきます。横田さんが強調するのは、外から来たものと中のものを分けるのではなく、それを統合して見ることでした。「ベースは地形、水、土なんです。そこから生まれてきて、人間が手を加える。外来の文化が入ってきても、交わって新しい日本食を作っていく。今まであったものをそのまま続けるのもいいけれど、延長上を紡いでいく。分断じゃなくて、これまでを経て今、先に何をつないでいくか、ということなんです」気候変動の中でこうした食文化の変化は、今、気候変動によって加速しています。横田さんは、現場の実感を率直に語ってくれました。「お米が作りづらくなっているんです。気温がめちゃくちゃ上がっているのと、水が不安定になっている。降る時はドバッと降るけれど、降らない時は全然降らない。灌漑用水が入らず、カンカン照りで水が蒸発して、入れた水もどんどん抜けていく。人間が頑張っても、野菜は生き物だから育たない部分があるんです」ただ、希望もあります。種を自分たちで取り続けていくと、適応しようという兆しが少しずつ見え始めているというのです。「種の力が、この暑さに適応しようとスイッチを入れているのかもしれません。蜜柑の品種『わなち』は本来すごく酸っぱいのが特徴だったんですが、暑さが増してきて、ものすごく甘くなっているんですよ。これは、みかんの前線が北上している証拠なんです」中部の方に柑橘の地域が広がっていくのは、時間の問題だと横田さんは言います。「手を変え品を変えて続けていくことができれば、つながっていくだろうし、良い未来もある。悲観だけではない世界を持っていきたいんです」ただし、横田さんは楽観視できないとも言います。「やっぱり、ちょっとやばいという危機感は持ち続けないといけないですよね」昔の人に学ぶ柔軟性こうした環境の変化に対して、昔の人たちはどう対応してきたのでしょうか。横田さんは、その「柔軟性」に注目します。「昔からの農家って意外にあっさりしているんですよね。執着がないというか。現実を見て、得られるものを最大限活用する。ダメだったらダメでいい、次があるだろうという考え方だったんです」何年か前の講座で、気候変動で取れる作物が変わるがどうするかと質問されたとき、ある農家さんはこう答えたそうです。「『取れるものを作っていくだけです』って。どうしようというよりは、順応して、今取れるものを作っていくという姿勢なんです」菅野さんは「ある意味、楽観的ですね」と言うと、横田さんはこう続けます。「文化を守ろうとして過去に縛り付けたら、動けなくなっちゃうんですよ。環境が変わってもやり続けなければならなくなる。でも、昔の人たちはそう思っていなかった。辞めるときは辞めちゃうんです」ただし、全部がなくなるわけではありません。「辞めた次のものの中に、何かが埋め込まれているんです。そうめんという文化を食べなくなったけれど、うどんが残った。ずっと粉を食べ続けているという本質は変わらない。埋め込まれているものはずっと続いているけれど、そっちにはあっさりしている。そういう柔軟性についていきたいんですよね」私たちにできることでは、私たち消費者には何ができるのでしょうか。横田さんは、まず基本的なことから始めようと言います。「無駄を減らすことです。捨てない、何度も使う、手元に置いておく、長く大切に使う。作っては捨てるというサイクルが、一番環境に負担をかけるんです。買ったものをおいしくいただく。それが基本ですよね」菅野さんは、「食べきる技術」の重要性を強調します。「日々どう回していくかという知恵を、料理教室ではよく教えているんです。調味料も必要だし、美味しく食べきる。作っていただいたものをなるべく美味しい状態で、みんなで美味しく味わう。これって、食への感謝と尊重の表れでもあるんですよね」松波さんは、自分で作ることの価値を改めて強調しました。「自分の手を動かす、一から作るということは、本当にいいことなんです。18年間伝え続けてきて、料理ができた方が絶対に良いという確信を持っています。食への理解、食材への感謝、そして自分の健康を自分で管理する力を身につけることにつながるんですよね」柔軟に、楽しく、未来へトークライブの最後、菅野さんはこうまとめました。「好奇心を持ち、柔軟に、でも楽しく楽しく生きていく。それが中心にあって、生き生きとルンルンやっていこうという前提のもとに、どういう考えで何を食べるかを考えていく。囚われる必要は全くないんです」菅野さんは18年やってきた結果、「しみじみとおいしければ何でもいい」という結論に至ったと言います。「それは体にとって多分良いし、楽しければそれでいいんです」一見ジャンクに見えるものにも歴史と文化がある。「あれもダメ、これもダメ」という厳格な姿勢ではなく、柔軟な姿勢で食を楽しむことが、長続きする健康的な食生活の秘訣なのです。そして最後に、みんなが口を揃えて言いました。「やはり、お米を残したい」と。でも、それも柔軟性を持って考えていく必要があります。固定化せず、変化を受け入れながら、でも大切なものは守っていく。たった1時間程度の中で、たくさんの話が盛り上がりました。生産者とつながること、共に食べること、変化を受け入れること。そして何より、柔軟に楽しく食と向き合うこと。これらが、これからのおいしいごはんの未来の大事なピースかも知れません。あなたの「いいごはん」は、何ですか?今回のトークイベントを開いた料理教室ワクワクワークさんは、鎌倉や各地で料理教室を開いています。ご興味ある方は、ぜひ覗いてみてください☀️https://wakuwakuwork.jp/また直近では、12月6日夜にイベントが開催される予定ですので、こちらもおすすめです!https://wakuwakuwork.jp/event/talklive-20251206/