〜データ活用で目指すリジェネラティブツーリズム〜鎌倉の街を歩いていると、平日でも小町通りや鶴岡八幡宮周辺は多くの観光客で賑わっています。しかし、この賑わいが本当に鎌倉の地域経済に貢献しているのでしょうか?混雑による住民の生活への影響は避けられないものなのでしょうか?8月8日に鎌倉市内で開催された勉強会「観光とは何か?―大学で学ばれている『観光』を知り,観光の近未来体験をしよう」では、観光研究の専門家と最新AI技術の開発者が、こうした鎌倉観光の課題に新しい視点で挑む可能性を示しました!鎌倉の隠された真実:年間2000万人の混雑、でも観光税収はわずか1割!実は「観光の街」として有名な鎌倉ですが、意外なことに税収ベースで見ると製造業・福祉サービス業が鎌倉市の税収の6割を占め、観光業はわずか1割なんです。年間約2000万人もの観光客が訪れているのに、一人当たりの観光消費額はたった3000円。つまり、地域への負荷は大きいけれど、経済効果はそれほど高くないという少し複雑な状況があります。「これが鎌倉観光の根本的な課題です」と語るのは、この日の勉強会を主催している菅さん。多くの人が来ているのに税収は潤さず、一方で過密な地域でさまざまな問題が起きてしまっています。単純に「観光客を増やそう!観光を盛り上げよう!」というだけでは良いことが起きていないことを教えてくれました。もう一度、『観光』を考え直してみる!では、鎌倉はどんな観光の形であるべきなんだろう?それを考えるためにも、まず「そもそも観光って何だろう?」という基本から考え直してみる必要がありそうです。そんな「観光学」をご専門にしているのが、横浜市立大学の有馬貴之准教授です。有馬先生は、多くの人が持つ観光への認識を見直す必要性を指摘します。「皆さんが思い浮かべる『観光=見る』というイメージには限界が出てきています」と有馬先生は説明します。観光という言葉、実は中国の古典『易経』にある「観国之光(国の光を観る)」が語源で、確かに「見る」という意味だったんです。でも現代の観光学では、もっと幅広く「非日常生活圏への移動・流動」として定義されています。つまり、単なる見学だけでなく、ビジネス出張や実家への帰省なども「観光」に含まれるという、意外と広い概念なんですね。この定義の拡張は、観光政策を考える上で重要です。「見る」だけの観光なら、魅力的な"観光地"さえ用意すれば十分でした。しかし「移動」として捉えると、人々が"なぜ移動するのか(動機)"、"どうやって移動するのか(交通・情報)"、"移動先でどう過ごすのか(滞在・体験)"という全体のプロセスが重要になります。つまり、「観光地」だけでなく「観光客」の動機や行動、そして移動を支える「観光媒体(情報・交通・宿泊等)」の三要素すべてを意識してバランスよく設計する必要があるとわかるのです。データでわかる観光客の秘密:「最初の目的地」がすべてを決めていた!有馬先生の研究では、観光客の移動パターンを5つに分類し、それぞれの特徴を分析しています。鎌倉で多い「行って帰る」の単一目的型は短時間・高リピートが特徴ですが、周遊型に転換できれば滞在時間の延長と経済効果の向上が期待できます。特に面白いのが、飛騨高山での実証研究で分かったことです。観光客の行動をじっくり追跡してみると、なんと「最初に行く場所が、その後の回遊ルート全体を決めてしまう」ということが明らかになりました。「観光客って、同じ道を行ったり来たりするのを嫌うんですね。そして最初にどこに向かったかで、その後のルートが決まっちゃうんです」と有馬先生。「例えば古い街並みを最初に見に行った人は、そこから反時計回りにぐるっと回る傾向があるんですよ」これは、単に面白い発見というだけでなく、観光地の戦略を考える上でとても重要なヒントです。最初の誘導地点をうまく設定できれば、観光客の行動全体を自然にガイドして、混雑分散や経済効果アップにつなげられるかもしれないからです。鎌倉の観光も、最初の目的地が「大仏」や「スラムダンクの聖地」などに集中していますが、それを分散できたら?今の過密な人の集中が変わるかもしれません。さらに、横浜でのK-POPライブ分析では、GPSによる人流データを活用して従来見えなかった観光客行動を可視化しました。「ライブ前にはトレーディングカード交換のための人だまりが形成され、ライブ後は飲食店周辺に人が集中することがデータで明確に見えました」鎌倉の弱点:データの継続性がない…!?ところが鎌倉では、こうした継続的なデータ蓄積がうまくできていないのが現状です。「一回調査をやって、次の年はわからない、5年後にまた全然違う調査をする、というパターンが多いんですよね」と有馬先生は苦笑いしながら課題を指摘します。この問題、実は鎌倉だけでなく日本の多くの観光地が抱えている共通の悩みです。レンタサイクルの事業者と連携して行った調査も「一回だけやって継続されない」という、ちょっともったいない状況になってしまっています。AIが開く観光の扉:自分に合う"スロー"な観光が可能に!この状況を変える可能性を秘めているのが、最新のAI技術です。今回の勉強会に登壇した株式会社サードスコープの伊藤辰也社長が手がけるプロジェクト「UNBOUND」は、AIを活用してオーバーツーリズムの対極となる「スローツーリズム」を推進するAIサービスです。鎌倉でも何かできないかと、伊藤さんがいらして地域市民と相談されました。UNBOUNDは、観光客がAIとチャットで会話しながら、自分だけの観光プランを作成できるサービスです。「外国人観光客は、混雑を避けながら自分に合う場所に行きたいというニーズがあります」と伊藤社長は説明します。従来の観光アプリのように決まった情報を表示するのではなく、一人ひとりの希望や状況に合わせて、AIが最適な提案をしてくれるのが特徴です。そしてUNBOUNDの最大の特徴は、従来の観光サービスが実現できなかった「個別性」と「リアルタイム性」の両立にあるそうです。まず、地域密着型の情報提供です。「ネットに上がっているパブリックな情報ではなく、データ化されていない地域の事業者だけが知っている情報をAI学習させることで独自の価値を提供できます」と伊藤社長は強調します。例えば、「今日の午後、雨が降りそうだけど屋内で楽しめる穴場はある?」「子連れでも安心して食事できる、地元の人がよく使うお店は?」といった質問に対して、ガイドブックには載らない地元ならではの情報を教えてくれるのです。さらに重要なのが、柔軟なマッチング機能です。単に情報を教えるだけでなく、観光客のニーズと地域のサービス提供者を直接つなげることができます。実際の事例として、会場では「来週この場所でお寿司の出張サービスをやるが、どう集客すればいいか」という参加者からの質問がありました。このような「サービス提供者と利用者をつなぐ」機能は、Googleマップのような情報表示型のシステムでは対応が困難です。しかしUNBOUNDなら、「明日の夕方、プライベートな空間で本格的な寿司を楽しみたい」といったリクエストに対して、出張寿司サービスを自然にマッチングできる可能性があります。AI学習により、従来のカテゴリーに当てはまらないサービスも、利用者のニーズと適切に結びつけることができるのです。率直な議論:ユーザー起点の開発を忘れないで!そういった取り組みが鎌倉でも生まれようとする中、より良いサービスにするための率直な議論も行われました。例えば参加者からは「AIによる観光客誘導が情報操作と受け取られるリスクがあるのでは」という懸念も示されました。「スローツーリズムを求める人は、誰かに操作されることに特に敏感だと思います。Airbnbも初期の人間的交流が魅力だったのに、最近の商業化で魅力が減退してしまいました。だからこそAIやデータ分析ありきではなく、ユーザー中心に開発することを忘れないでほしい」といったコメントです。この点について伊藤社長は、「まさにその通りで、明確なコンセプトの下でAI学習を行って行きたい」と回答しています。スローツーリズムや混雑回避といった方針を明示し、それに合わせた開発をしていくことで透明性を確保していくそうです。AIの活用例:「日帰り」からの脱却を目指してでは、こうしたAI技術を実際にどう活用すれば鎌倉の観光課題を解決できるのでしょうか。参加者との議論で浮かび上がった具体例の一つが、「東京から日帰り」という固定化されたパターンからの脱却です。参加者からは、「外国人も含めて、鎌倉は半日から一日で帰ってしまう場所になっている。AIを使って長期滞在を促すことはできるでしょうか?」という質問が寄せられました。この課題に対して有馬先生は、「泊まらないとできない体験の提案」が有効だと回答します。「UNBOUNDのチャットで『混雑を避けて朝早い時間が空いています』という提案を出せるので、こうしたさりげない提案により、長期滞在への転換が可能です」特にインバウンド観光客は「自分しか知らない日本体験」への欲求が強く、そうした情報を提供することで滞在期間の延長が期待できます。伊藤社長も「各店舗・施設の運営者が持つリアルタイム混雑情報を活用すれば、真の分散化が実現できる」と補足しています。目指すべき未来:「観光客」から「地域の仲間」へ!こうしたAI技術の活用は、単なる利便性向上以上の意味を持ちます。UNBOUNDのような個別対応により、観光客は定番スポットではなく、「地元の人が愛する喫茶店でゆったりくつろいでみる」や「職人の工房を見学して職人とも仲良くなる」など、鎌倉のより深い暮らしの魅力に触れる機会が生まれます。これらの取り組みが目指すのは「リジェネラティブツーリズム(再生的な観光)」の実現です。これは観光を通じて地域社会が再生・向上していく考え方で、観光客が単なる消費者ではなく「地域の文化や環境を守り育てる参加者」となることを目指しています。AIの個別対応により、観光客は自分の価値観に合った地域活動(環境保護、伝統工芸継承など)に参加する機会を見つけやすくなります。その結果、「素晴らしい体験ができた」だけでなく「自分も地域を良くすることに貢献できた」と感じられる観光が実現するのです。新しい鎌倉観光への第一歩:どんな観光の姿を望む?鎌倉の観光は、これまでの「見る」観光から「体験し、参加し、地域と共に成長する」観光へと変わることができるかもしれません。観光学の知見とAI技術の融合により、混雑緩和と経済効果向上、そして地域住民の生活向上を同時に実現する可能性が見えてきました。会を通じて浮かび上がってきた大事なヒントは、「地域住民が望む観光の形は何か。それを描いて、観光客に伝えていく」。AI技術はその手段であり、データも地域の財産として蓄積することでより良い未来に向けて活用していくことができそうです。この日の勉強会は、そうした新しい鎌倉観光への第一歩として、多様な立場の参加者が同じテーブルで議論する貴重な機会となりました。次回は9月12日金曜日!サウナについて語られますので、サウナに興味がある人や、そうでなくても様々に観光の未来について語りたい人はぜひにどうぞ!UNBOUNDの詳細はこちらです!https://www.nmbrnn.com/post/unbound