はじめに「鎌倉に大勢が来て大仏を見て小町通りを歩いて帰る。でも、本当の鎌倉の魅力って、そこじゃないよね」「暮らしや生活文化が素敵なんだけどね」——鎌倉で暮らす人なら、きっと感じたことがある想いではないでしょうか。鎌倉では観光客の急増によるオーバーツーリズムが深刻な問題となっています。特定のスポットに人が集中し、地元住民の生活に影響が出ています。これらの課題は、従来の「とにかく多くの人に来てもらう」観光戦略の限界かもしれません。一方で今、この課題を解決する新しい観光の形が注目されています。観光客の「数」を追うのではなく、滞在中の体験の「質」を重視することで、地域住民にとっても観光客にとっても、より良い観光が実現できる——そんな可能性が見えてきました。2025年6月13日、シェアリビングスペースNIHO kamakuraにて、「鎌倉リジェネラティブツーリズム作戦会議」の第4回が開催されました。今回は、株式会社beyondの道越社長をゲストスピーカーに迎え、各地の体験型観光の事例と、その作り方について具体的に教えていただきました。その内容をお届けします!なぜ今、「体験型観光」なのか?急速に変化する観光トレンド道越さんがまず教えてくださったのは、観光業界で起きている質的な変化でした。単に観光客数が増えているだけでなく、観光客が求めるものや消費行動のパターンが根本的に変わってきているというのです。数字から見てみましょう。2024年4月の訪日外客数は304万人を超え、月間400万人に迫る勢いです。国別では、中国は昨年比180%の驚異的な伸び、韓国、台湾、香港はコロナ前を大幅に上回っています。欧米からも円安効果で多数来訪しています。しかし問題は、この観光客急増の一方で、京都や奈良などの人気観光地では深刻なオーバーツーリズムが発生していることです。観光客の数だけが増えても、地域への経済効果は限定的で、むしろ住民の生活や文化の持続可能性を脅かしてしまう。そんな現実が浮き彫りになっています。「買い物」から「体験」へ——消費の質的変化ここで注目すべきが、観光客の消費行動の変化です。コロナ前の「モノ消費」中心から、現在は「コト消費」——体験への消費が明らかに増えているんです。政府も同じ課題意識を持っており、観光白書では「持続可能な観光」をテーマに、観光客の「数」ではなく「質」や「単価」を重視する「高付加価値旅行者の誘致」を重要方針として打ち出しました。鎌倉にとって絶好のチャンスこの流れは、鎌倉のような地域にとって追い風です!従来の大型商業施設やお土産店中心の戦略から、その土地ならではの文化や自然を活かした体験を提供する戦略へ。この転換により、地域に眠っている価値を直接的に観光収入に変換できる可能性が高まっています。さらに興味深いのが、海外旅行者の関心の変化です。シンクタンクの調査によると、「農村体験」が中国だけでなく、アメリカや中華圏でも上位にランクインしているんです。 これはコロナ前にはなかった傾向で、「リアルなローカルを知りたい」「地域の日本人の生活に触れたい」というニーズの表れです。つまり観光客は演出された体験ではなく、本物の体験を求めているんですね。実際に成功している事例を見てみようでは、こうした体験型観光は実際にどんな形で成功しているのでしょうか?道越さんが関わった事例を見てみましょう。道越さんの資料より引用五島列島「手ぶらでフィッシング」の成功まず教えてくれたのは五島列島での「オールインワンフィッシング」です。釣具一式をレンタルで提供して、釣った後には捌いてもらえる、そんな本格釣り体験を手ぶらで楽しめる仕組みを作ったところ、上海やシンガポールの富裕層向けインフルエンサーから「定期的にツアーを組みたい」という依頼が来ているそうです。成功のポイントは、従来の釣り体験の「困った」を解決したこと。道具の準備や捌き方の知識不足といった手間を無くして、「釣りの醍醐味そのもの」に集中できる環境を整えたんです。古民家コンサート&お酒ペアリング体験また、古民家でコンサートを聴きながら、お酒の説明も聞いてペアリングを楽しめる体験も人気だそうです。面白いのは「体験をすると、その後の物販にも繋がります。東京で日本酒のペアリング体験を提供している方は、体験後に1本1万円以上するお酒がどんどん売れる」体験を通じて深い感動が生まれれば、その対象に対して応援したい、そんな「推し活」のようにもなるという話が出ていました。支笏湖のハンティング体験北海道の釧路支笏国立公園では、アメリカを中心とした富裕層向けにハンティング体験も行っています。これらの事例に共通するのは、その土地ならではの魅力を、参加しやすい形で体験できるよう工夫している点です。体験型コンテンツを作る時の「コツ」と「落とし穴」事例を見ると「なるほど」と思えますが、実際に自分たちで作ろうとすると、どこから手をつければいいのでしょうか?道越さんが教えてくれたコツと注意点をまとめてみました。コツ1:身近にコンテンツはすでにある道越さんが各地で発見した共通の勘違いがあります。多くの地域が「何か特別なものを新しく作らなければならない」という思い込みに縛られているんです。「実際には今ある歴史や文化、旬の食材など、すでにあるものを組み合わせるだけで、魅力的な体験コンテンツは作れる」と道越さんは言います。重要なのは、地域の人が「当たり前」だと思っていることの中に、外から見ると非常に価値の高い体験が隠れているということです。コツ2:感動体験をちゃんと設計するでも、ただ体験を提供するだけでは不十分です。「期待値を上回る」ことで感動が生まれるので、体験の中に意図的に「感動ポイント」を仕込むことが大切なんだそうです。「食」は特に重視されるポイントなので、どんなシェフが、どんな想いで、そこで採れたどんな食材を使っているのか。そういったストーリーを伝えることが、付加価値に繋がります。落とし穴1:盛り込みすぎは逆効果ここで道越さんの失敗例が参考になります。「以前、和歌山県で漆塗り体験をメインに、お弁当作りやマグロの解体ショーなどを盛り込んだツアーがありましたが、結局1件も予約が入りませんでした。何が強みなのか、価値が全く伝わらなかった」テーマに一貫性を持たせることが重要で、様々な体験をただ並べるのではなく、一貫したストーリーのある「ジャーニー」として観光体験を設計すること が大切です。自然に興味がある方なら自然テーマ、文化に興味がある方なら文化テーマというように、一貫性を持たせることが満足度に繋がります。落とし穴2:価格は高くして、その分ストーリーを伝えよう道越さんのハワイ体験談は衝撃的でした。「ハワイの丸亀製麺は、世界中の店舗で一番売上が高い。ランチタイムに現地の方が大行列を作って、一杯2,000〜3,000円のかけうどんを食べている」日本で500円のうどんが、ハワイでは3,000円。これが示すのは、私たちが価値に見合わない価格設定をしているということです。高単価な体験は、結果的に観光客の数を適正レベルに抑制し、オーバーツーリズムの解決にも繋がります!重要なのは「安くないと売れない」という思い込みを捨てることです。価格を上げるには「なぜその価値があるのか」をしっかり語ること。 商品の製造工程、作り手の想いやこだわり、開発秘話、背景にある歴史やストーリーを伝えることで価値は確実に伝わります。コツ3:ターゲットの視点で考える道越さんが支援した秋田県のウェブサイトリニューアルは、とても勉強になる事例でした。在日外国人から「きりたんぽという聞いたこともない食べ物のために、母国から何時間もかけて秋田まで行く人はいない」と厳しい指摘を受けたんです。「秋田の自然の美しさや歴史、文化を見せた方が、時間をかけてでも行きたいと思わせることができる」 という意見を元に、コンテンツの順番を変更したところ、大幅に改善されました。道越さんが強調していたのは、「『なんとなく欧米向けに』『なんとなく中国向けに』という曖昧なスタートでは絶対に成功しない」 ということです。相手の国の文化やニーズをしっかりとリサーチしてから始めることが大切ですね。鎌倉で実践するために知っておきたいことでは、これらのコツを踏まえて、鎌倉ではどんなことを意識すればよいのでしょうか?参考にしたいニセコの「体験案内システム」昨年ニセコを訪れた道越さんが「素晴らしい」と感じたのは、ホテルやコンドミニアムに必ずコンシェルジュがいて、宿泊客のために体験の手配をしている点でした。ホテルの周辺に様々な体験ができる施設がコンパクトにまとまっており、体験リストがコンシェルジュに共有され、きちんと案内できる体制が整備されていたそうです。鎌倉でも、こうした「体験への案内」を意識的に作っていくことが重要かもしれません。「観光地化されていない」ことの価値興味深いのは、海外の方、特に欧米の方に評価されるのは「観光地化されていない地域」だということです。鎌倉も、観光の中心地だけでなく、その周辺にたくさんの魅力的なスポットがあるはずなので、そこを巡ってもらうチャンスは十分にあります。宿泊に繋げる時間軸の工夫鎌倉の課題として、東京から日帰りできてしまうため宿泊に繋がりにくいという点があります。これに対して道越さんは具体的な解決策を示してくれました。「宿泊してもらうには、宿自体がよほど魅力的であるか、あるいは「夜」や「朝」にしかできないコンテンツがあるか、です。例えば、夜のバーホッピングツアーや、朝のお寺での特別な体験、あるいは1日かかるような長期の体験プログラムなどです。そういったコンテンツの情報をまとめてマップにするなど、共通のツールを作って発信していくことが有効だと思います。」始めるときに大切な心構え最後に、これから体験型観光に取り組もうとする人への実践的なアドバイスをご紹介します。小さな成功事例から始めよう菅さんが提起した地域連携の課題に対し、道越さんは現実的なアドバイスをくれました。「いきなり『みんなでやろう』と言っても、なかなか動きません。まずは小さくてもいいので成功事例を作り、『自分たちにもできそうだ』と思ってもらうことで、少しずつ巻き込んでいくのが近道」実際にこういったコンテンツ例も教えてくれました。まず成功例を作り、それを見た他の事業者が「うちでもできそう」と思えるような流れを作ることが大切です。海外の人が求めているのは「精神性」質疑応答では、海外の方が日本の歴史や文化に対してどんな興味を持っているかについても話が出ました。道越さんによると、皆さん口を揃えて「日本人に興味がある」と言うそうです。それは、歴史的事実を知りたいというよりは、その背景にあるストーリーや精神性を学びたいという欲求が強いとのこと。日本人の生き方、精神性、歴史など、自分たちの文化とは正反対の文化に対する知的好奇心が非常に高いんですね。鎌倉の未来を一緒に作っていこう道越さんのお話を通じて見えてきたのは、日本の観光業が量的成長から質的変化の時期に入っているということです。「今こそ、より価値の高いコンテンツを作り、高く評価してもらうべき時です。そのためには、日本の資源を見直し、正当な価値をつけ、満足してお金を落としてもらえる商品を作っていく必要があります」鎌倉のような歴史と文化に恵まれた地域にとって、この転換は本当に大きなチャンス。大量の観光客受け入れではなく、鎌倉の文化や自然をリスペクトしてくれる質の高い観光客に適正な対価を払ってもらう仕組み作りで、オーバーツーリズムを解決しながら持続可能な観光発展が可能になります。次回は7月11日(金)開催予定です。今回のような鎌倉のより良い観光を考えたい方はぜひお気軽にお越しください!※コンテンツ造成にご興味がある方は、道越さんにもぜひご相談ください!https://beyond-global.jp/以下はイベントの全文です。自動で文字起こしをした上でプライベートな情報を除外しています。内容には部分的な間違いがある可能性があります。文字起こし全文---株式会社beyond 道越社長によるプレゼンテーション体験型コンテンツの造成事例道越:今、いろんな地域で特別な体験を作っています。インバウンドには様々な定義があると思いますが、私たちは特に東京都以外の地域にフォーカスし、その土地ならではの特徴を活かしたコンテンツ作りを行っています。私の両親は長崎の五島列島の出身なのですが、3年前から「手ぶらでフィッシング」というプロジェクトをスタートしました。これは、手ぶらで行っても釣具一式をレンタルでき、釣りの体験だけを楽しめる「オールインワンフィッシング」と呼んでいます。この体験は国内外向けに2年前から販売しており、上海やシンガポールの富裕層向けインフルエンサーから「定期的にツアーを組みたい」という依頼も来ています。他にも、古民家でコンサートを聴きながら、お酒の説明を聞きながらペアリングができる体験なども提供しています。北海道の釧路支笏(しこつ)国立公園では、アメリカを中心とした富裕層向けにハンティング体験も行っています。一般の方でも「面白そう」という興味さえあれば参加できるような、ハードルの低いコンテンツ作りを心がけています。こういった体験コンテンツを、私たちのアンバサダー(インフルエンサー)に体験してもらい、海外向けにどんどん発信してもらっています。発信を通じて予約が入った場合は、成功報酬として手数料をお支払いする形で、アンバサダーの方々と一緒に広めていく活動をしています。体験コンテンツ作りの考え方道越:多くの地域で観光コンテンツを販売しようとすると、「何かすごいものを作らなければ」と大きく構えてしまいがちです。しかし、実際には今ある歴史や文化、旬の食材など、すでにあるものを組み合わせるだけで、魅力的な体験コンテンツは作れると考えています。まずは、自分たちの地域にある資産を見直し、「何が価値になるのか」を一度並べてみることが重要です。今日、海外出身の方もいらっしゃっていると思いますが、そういった客観的な視点を持つ方々と一緒に見直してみることも非常に大事だと思います。そして、どこにでもあるようなものでは、誰にも刺さりません。「どこにも負けない売り」をどうやって作れるかが非常に重要です。また、「感動体験」をどう生み出すかという点も大切です。いろいろな体験をただ並べるのではなく、一貫したストーリーのある体験、つまり「ジャーニー」としてツーリズムを作っていくことが重要だと考えています。例えば、自然に興味がある方なら自然をテーマにしたコンテンツ、文化に興味があるなら文化をテーマにしたコンテンツというように、一貫性を持たせることが満足度に繋がります。インバウンド市場の現状とトレンド道越:こちらが直近のデータですが、JNTO(日本政府観光局)の発表によると、2024年4月の訪日外客数は304万人を超え、月間で400万人に迫る勢いです。政府は(年間訪日客数)6,000万人を目指すと言っていましたが、このペースだと今年中に達成してしまうかもしれません。私たちが想像している以上のスピードで、インバウンド市場は伸びています。国別に見ると、中国はコロナ前の6割程度の回復率でしたが、昨年比では180%の伸びを見せており、コロナ前水準に戻りつつあります。一方、韓国、台湾、香港はコロナ前よりもかなり伸びています。欧米、特にアメリカからの観光客も非常に多く、円安の影響もあって「ずっと行きたかった日本に、今ならお得に行ける」という感覚で来ていただいているようです。訪日のきっかけとしては、オリンピックやワールドカップなどを見て日本に好感を持ったという声があります。また、消費行動にも変化が見られます。コロナ前は「モノ消費」、つまり買い物の割合が多かったのですが、コロナ後はドラッグストアなどでの買い物は増えているものの、全体としては「コト消費」、つまり体験への消費が明らかに増えています。政府の観光方針と新たなキーワード道越:今年の観光白書でも、「持続可能な観光」が大きなテーマになっています。これは、東京・大阪・京都に集中しがちな観光客を地方へ分散させ、オーバーツーリズムを防ごうという動きです。また、観光客の「数」だけを追うのではなく、「質」や「単価」を上げていこうという方針から、「高付加価値旅行者の誘致」や「コンテンツの整備」がテーマに上がっています。今年新たに出てきたキーワードとして、「二拠点居住の促進」があります。これは関係人口の創出に繋がり、鎌倉のような都市部からアクセスの良い地域にとっては追い風になる可能性があります。海外旅行者が求める体験道越:これはシンクタンクが出している、各国ごとに「日本に来たらお金を払ってでもしたい体験」のアンケート結果です。ほとんどの国で「食」が上位に来ています。意外なことに、「農村体験」というキーワードが中国だけでなく、アメリカや中華圏でも上位に入ってきています。これはコロナ前にはあまり見られなかった傾向で、「リアルなローカルを知りたい」「都会だけでなく、地域の日本人の生活に触れたい」というニーズの表れだと考えられます。こうした流れを受け、政府も飲食関連のインバウンド消費額を現在の2〜3倍に引き上げるという方針を発表しました。高級レストランだけでなく、農村での食材収穫体験や、地域のグルメを絡めた体験などにも、今後予算がついてくる可能性があります。ニセコの事例から学ぶ道越:昨年、ニセコに行かれた方はいらっしゃいますか?(会場に挙手)ああ、いらっしゃいますね。ニセコで素晴らしいと感じたのは、ホテルやコンドミニアムに必ずコンシェルジュがいて、宿泊客のために体験の手配をしたり、食事を部屋の中だけでなく、外の自然を見ながら楽しめるように演出したりしている点です。また、ホテルの周辺に様々な体験ができる施設がコンパクトにまとまっており、体験リストがコンシェルジュに共有され、きちんと案内できる体制が整備されていました。すべてを真似する必要はありませんが、参考にできるポイントが非常に多くあると感じました。海外旅行者の心をつかむポイント道越:海外の方、特に欧米の方に評価されるのは、「観光地化されていない地域」です。鎌倉も、いわゆる観光の中心地だけでなく、その周辺にたくさんの魅力的なスポットがあるはずなので、そこを巡ってもらうチャンスは非常にあると思います。そして、ただ体験させるだけでなく、「期待値を上回る」ことで感動が生まれます。その感動ポイントをどう作るか、工夫のしどころです。「食」は皆さん非常に重視しているので、どんなシェフが、どんな想いで、そこで採れたどんな食材を使っているのか。そういったストーリーを伝えることが、付加価値に繋がります。また、旅行者の属性も多様化しています。友人同士、家族連れ、企業のオーナーや役員クラスの方も多くいらっしゃいます。そういった方々のために、ベジタリアンやヴィーガンなど、食の多様性に対応できるレストランを用意することも重要です。単に見るだけ、体験するだけではなく、いかに「学び」があるか、自分たちの国に持ち帰って語れるストーリーがあるか。そういった知的好奇心を満たす要素も、特に欧米の方には響きます。日本の「発酵文化」(味噌、麹など)に興味を持つ方も非常に多いので、文化を教えながら料理体験をする、といったコンテンツも考えられます。価格設定の重要性道越:昨年、アメリカとハワイに仕事で行ったのですが、物価の高さに本当に驚きました。ハワイの丸亀製麺は、世界中の店舗で一番売上が高いそうです。ランチタイムに現地の方が大行列を作っていて、一杯2,000〜3,000円のかけうどんを食べているんです。それを見て、「日本でうどんが500円で食べられたら、それはびっくりするよな」と実感しました。日本のサービスや商品を安売りするのは、本当にもったいないです。今、二重価格の是非が議論されていますが、ハワイのホテルでは「リゾートフィー」として宿泊費とは別に料金を徴収し、それをビーチの清掃活動などに充てていました。私は、日本もそうしていくべきだと思います。私たちが地域で作っている体験を3,000円で提供しているとします。アメリカでは、同じような体験が1万円くらいします。ターゲットとする国や層の相場観をリサーチし、それに合わせて価格を設定していくべきです。安くないと売れないのではないか、という思い込みを捨て、価値をしっかり説明すれば、高くても売れるということを実感しています。まとめ:持続可能な観光のために道越:今こそ、より価値の高いコンテンツを作り、高く評価してもらうべき時です。そのためには、日本の資源を見直し、正当な価値をつけ、満足してお金を落としてもらえる商品を作っていく必要があります。そして、持続可能な観光のためには、ただ多くの観光客に来てもらうのではなく、鎌倉の文化や自然をリスペクトしてくれるお客さんに来てもらい、きちんとお金を落としてもらう仕組みが必要です。誰でもいっぱい来てください、という時代ではないのかもしれません。日本の物価が30年間変わっていない間に、世界の物価は上がっています。その事実を、我々は知らなくてはいけません。「日本に来たからには、日本でしかできない体験がしたい」というのは、海外の方なら誰もが思うことです。そのコンテンツは、住民が客観的な視点で見つめ直せば、必ず作れます。地域の人の生活や人との出会いそのものが、コンテンツになり得るのです。インバウンド誘致の具体的なステップ道越:インバウンド誘致を成功させるには、まず「ターゲットを絞る」ことが重要です。「なんとなく欧米向けに」「なんとなく中国向けに」という曖昧なスタートでは成功しません。相手の国の文化やニーズをしっかりとリサーチする必要があります。次に、そのニーズに対して自分たちの「強み」を洗い出し、誰に・何を・どう届けるかを明確にします。鎌倉には既に多くの観光客が来ていますが、受け身で待つだけでなく、中心部以外にも周遊してもらえるようなルートを設計し、狙って発信していくことが重要です。そして、KPI(重要業績評価指標)を決めて施策を実行し、その結果を毎月振り返り、改善していく。このPDCAサイクルを回し続けることが不可欠です。最後に、海外の方の声を直接聞き、一緒にコンテンツを作ったり、発信してもらったりすることが非常に効果的です。海外向けの発信と予約体制の整備道越:海外に発信するためには、まず受け皿を整える必要があります。日本語サイトを自動翻訳するだけでなく、ターゲットに合わせたウェブサイトやコンセプトを作った方が効果的です。自社サイトの多言語化が大変であれば、海外のユーザーが多いOTA(オンライントラベルエージェント)に出稿するのも有効な手段です。SNSも重要です。YouTubeやTikTokは世界中で使われています。今、日本語で投稿している内容に、英語の説明とハッシュタグを付け足すだけでも、反応は変わってきます。そして、来てもらった方にいかに口コミを投稿してもらうか。その仕掛け作りが次の集客に繋がります。欧米向けのプロモーションは、効果が出るまでに時間がかかることを理解しておく必要があります。彼らは半年前から1年かけて旅行の計画を立てるので、長期的な視点で取り組むことが大切です。インフルエンサー施策も主流になっていますが、闇雲に誰でもいいからと依頼するのではなく、自分たちのコンテンツのテーマと、そのインフルエンサーの発信内容やフォロワー層が合っているかをしっかり見極めることが成功の鍵です。秋田県の事例道越:秋田県の海外向けウェブサイトのリニューアルをお手伝いした際、在日アメリカ人とイタリア人の方に意見を聞きました。当初のサイトは「きりたんぽを食べに来てね」というメッセージで、きりたんぽの美味しそうな写真がトップにあったのですが、彼らは全員、「きりたんぽという聞いたこともない食べ物のために、母国から何時間もかけて秋田まで行く人はいない」と言いました。それよりも、秋田の自然の美しさや歴史、文化を動画やストーリーで見せた方が、「時間をかけてでも行きたい」と思わせることができる、と。この意見を元に、コンテンツの順番を入れ替えました。このように、客観的な意見を聞くことは非常に重要です。愛媛県の事例:ガイドのマッチング道越:昨年、愛媛県でドバイの王族ファミリーから「1週間滞在するので、ガイドを手配してほしい」という依頼がありました。しかし、県や観光協会に問い合わせても「愛媛でガイドを専業にしている団体はない」と言われ、誰も紹介してもらえませんでした。そこで、FacebookとInstagramで「愛媛県在住で、英語でのガイドが可能な方を募集します」という広告を5,000円分だけ出稿したところ、わずか数日で10名から応募があり、そのうち6名はガイドの有資格者でした。このように、自治体が把握していなくても、地域には個人でガイド業をされている方がいる可能性があります。鎌倉にもきっといらっしゃるはずです。良いガイドさんの存在は、体験の単価も満足度も格段に上げてくれるので、非常に重要です。価格以上の価値を伝える方法道越:価格を上げるにはどうすればいいか。それは「なぜその価値があるのか」を語ることです。価値がないものなど絶対にありません。その価値を、ちゃんと伝えられているかを見直してほしいのです。例えば、商品の製造工程、作り手の想いやこだわり、開発秘話、その背景にある歴史やストーリー。そういったことを伝えることで、価値は伝わります。「こんなに高くしたら誰も買ってくれないのでは」と、お客さんの懐を心配する必要はありません。それは逆にお客さんに失礼です。価値が伝われば、人は正規の価格を払ってくれます。楽しさや学びといったエンターテイメント性が加わることでも、価値は上がります。特に「学び」は重要なキーワードです。菅さんがやられている禅と空手のように、日本の精神性を学びたいというニーズは確実にあります。価格を決める時、同業他社の価格を見るのではなく、「どんなお客さんに買ってほしいか」を見てください。その人を思い浮かべ、その人に価値を伝えるためのストーリーを考えてほしいのです。そうすれば、他社と同じ価格帯に留まる必要はなくなります。---質疑応答点と面を繋ぎ、地域を巻き込むには菅:ありがとうございます。私たちが掲げるリジェネラティブツーリズムでは、個別の体験(点)を作り、それらを連携させて(面)、滞在時間を延ばしてお金を落としてもらう仕組みを目指しています。しかし、その「点」を作ること自体が大変で、地域住民がそれを観光資源だと認識していないなど、事業者との間に意識の乖離があります。こういった状況で、どのように地域住民を巻き込んでいけばよいのでしょうか。道越:鎌倉も、観光客が特定の有名なスポットに集中している印象があります。それを分散させる意味でも、様々なエリアに魅力的なコンテンツがある状態が理想ですよね。ただ、いきなり「みんなでやろう」と言っても、なかなか動きません。まずは小さくてもいいので、いくつかの成功事例を作ることです。そして、その事例を共有し、「自分たちにもできそうだ」と思ってもらうことで、少しずつ巻き込んでいくのが、結果的に一番の近道ではないかと思います。菅:鎌倉の産業構造を考えると、今後、観光に力を入れていくしかないと考えています。このリジェネラティブツーリズムは、観光を通じてインフラを整備し、文化を保存していくための手段です。そのために、海外の方を呼び込みたいのです。先ほどのガイドさんの話は非常に印象的でした。個人で活動している方は多くいると思いますが、それを戦略的に束ねていく仕組みが必要です。道越:そうですね。ガイドさん個人では集客や発信が難しい場合もあるので、自治体やDMO(観光地域づくり法人)がプラットフォームとなり、仕事を紹介できる仕組みがあると非常に良いと思います。日本の歴史文化への興味の違い質問者:海外の方が日本の歴史や文化に興味を持つ点と、日本人が興味を持つ点とでは、何か違いはありますか?道越:皆さん口を揃えて「日本人に興味がある」と言いますね。日本人の生き方、精神性、歴史など、自分たちの文化とは正反対の文化に対する知的好奇心が非常に高いです。映画などの影響も大きいと思います。ただ歴史的事実を知りたいというよりは、その背景にあるストーリーや精神性を学びたいという欲求が強いです。そこを深く掘り下げて伝えてあげることが、満足度に繋がると思います。ガイドの組織化の成功事例質問者:個人で活動しているガイドさんたちを、うまく組織化して成功している自治体などの事例はありますか?道越:私が知る限り、長崎市は「長崎さるく」という仕組みで、DMOがガイドを束ねています。ボランティアガイドから始まり、今では有料化して、DMOが研修なども行っています。地域としてガイドを組織化している良いモデルだと思います。ただ、そこでの課題は価格の安さです。2時間のツアーでお土産もついて3,000円など、利益がほとんど出ていない状況がありました。そこは改善の余地があると感じています。宿泊に繋げるには質問者:鎌倉は東京から日帰りできてしまうため、宿泊に繋がりにくいという課題があります。体験と組み合わせて宿泊を促進するうまいやり方はありますか?道越:宿泊してもらうには、宿自体がよほど魅力的であるか、あるいは「夜」や「朝」にしかできないコンテンツがあるか、です。例えば、夜のバーホッピングツアーや、朝のお寺での特別な体験、あるいは1日かかるような長期の体験プログラムなどです。そういったコンテンツの情報をまとめてマップにするなど、共通のツールを作って発信していくことが有効だと思います。私たちも鎌倉のコンテンツを増やしていきたいので、ぜひ皆さんと一緒に作っていきたいです。コンテンツの組み合わせ方質問者:多くの魅力的な要素がある中で、体験コンテンツとして組み合わせる際に、どのように取捨選択すればよいでしょうか。道越:詰め込みすぎは良くないですね。以前、和歌山県で漆塗り体験をメインに、お弁当作りやマグロの解体ショーなどを盛り込んだツアーがありましたが、結局1件も予約が入りませんでした。何が強みのツアーなのか、価値が全く伝わらなかったのです。テーマに一貫性を持たせることが重要です。空手と禅のように、通底するテーマがあればストーリーが生まれます。中途半端が一番売れません。短い時間で体験できるものか、あるいは一日がかりで没入するものか、どちらかに振り切った方が良いです。### 特別プランの作り方と注意点質問者:外国人向けの特別メニューを作る際、価格を上げる以外に、どのような工夫や注意点がありますか?道越:一番は、英語でしっかりと説明してあげることです。皆さん、作り手のストーリーやこだわりを聞きたいと思っています。英語の説明書きを用意したり、少し特別な体験を加えたり、特別なお土産をつけたりするだけでも付加価値は上がります。体験をすると、その後の物販にも繋がります。東京で日本酒のペアリング体験を提供している方は、体験後に1本1万円以上するお酒がどんどん売れると言っていました。モノを売るためにコト(体験)を入れる、というのも有効なアプローチです。菅:まさにその通りで、私の空手体験でも、演武の後に記念品を爆買いしていく方がいました。体験を通じて深い感動が生まれれば、それは「推し活」のようになります。リジェネラティブツーリズムで重要なのは、そうして得た収益を、お寺の修繕や地域の子供たちのための活動など、きちんと地域に還元していくことです。閉会の挨拶菅:皆さん、本日は活発なご議論ありがとうございました。一人ひとりの「鎌倉に来てほしい」という思いを繋いでいくことが、鎌倉の未来を作ると信じています。この作戦会議は、そうした思いを実現していくための場です。次回は7月11日(金)に開催します。次回も皆様と一緒に鎌倉の未来を考えていきたいと思いますので、引き続きご参加のほど、よろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。