「鎌倉の教育を語る会」が、去る1月にNIHOで開催されました。鎌倉市教育委員会の小原聡真さんが、新しく策定される鎌倉市の「教育大綱」について市民の方と語りたいという想いで開かれたこの会は、子育て中の親御さんや教育関係者まで、様々な立場の方が参加。くつろいだ雰囲気の中で、教育の現状と未来について深い対話が交わされました。小原さんは、NIHOスタッフ高浜の大学時代に親しかった先輩です。当時から教育に熱い思いを持っていた人で、文部科学省に入省し、北海道の小学校にも出向して教員も経験した後、大手コンサルタントを経て、もっと現場で教育に関わりたいという思いから、鎌倉市教育委員会に移って来てくださり、今は鎌倉の教育のために奔走されています。データで見る鎌倉の教育ってどんな感じ?小原さんはまず、鎌倉市の教育の現状について詳しく説明します。「鎌倉の学力は高いと思いますか?低いと思いますか?」「鎌倉は高そう」という声に、小原さんは「まさにその通りです。学校だけの力ではなく、ご家庭での教育という点で言うと、鎌倉の家庭にある本の冊数を文化調査で調べているのですが、圧倒的に全国平均を上回っています。知的好奇心に溢れている環境に置かれている家庭が多いというデータが出ています」と説明しました。実際のグラフを示しながら「小学校と中学校の国語と算数で見てみると、中学校は群を抜いて高いです。小学校も算数は非常に高いですが、国語は全国平均並みです。公立小中学校という括りで考えると、鎌倉の学力は非常に高いと言えます」と詳細に解説しました。さらに日本全体の教育レベルについても触れます。「最近、大人の学力に関する調査(PIAAC)が出ました。読解力、数的思考力、問題解決能力の3つの分野で評価した結果、日本は全てトップ3に入っており、特に読解力はフィンランドと同率1位という結果が出ています。特に面白いのが、このテストではレベル1からレベル5までの5段階で評価されるのですが、レベル1の人が最も少ないのが日本なのです。これは、トップレベルの人が高い問題解決能力を持っているだけでなく、全く能力がないという人が少ないという、日本の教育の特徴を表しています」と解説し、日本の教育の特性を強調しました。学力は高いのに…?変わる社会と教育の新たな挑戦しかし、こうした高い学力にもかかわらず、日本の経済成長は停滞していると小原さんは指摘します。「これだけ学力が高いのなら、日本は経済的に発展しているはずだと思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。皆さんもご存知の通り、日本の個人賃金は上がっておらず、平均収入もOECD諸国の中で低い方です。例えば、韓国の方が平均年収が高いという現状があります」人口減少の問題についても触れました。「どれだけ優秀な子供たちが社会に出ても、人口が半分以下になってしまうと、市場規模が小さくなってしまいます。」そして、AIの急速な発展に対する危機感についても言及しました。「2年ほど前にchatGPTのようなAIが登場しました。最近、孫正義さんがAMI、AGI、ASIという3段階のレベルがあると言っていました。今はAMIの段階ですが、AGIの段階になると、10年後には人間と猿の知能の差が、人間とAIの知能の差になるそうです。さらにASIの段階になると、20年後には人間が金魚を見るようなレベルで、AIが人間を見るようになるそうです」燃え続ける学びの火~鎌倉が目指す「炭火のような学び手」こうした社会背景を踏まえ、小原さんは鎌倉市の教育大綱について語り始めます。「教育大綱という言葉を使っていますが、企業で言うとビジョン、あるいは北極星のようなもので、大きくここに向かっていきましょうという、そういう大きな目標を鎌倉市では今まさに議論しています」と前置きし、キーワードは「炭火」であると紹介しました。「炭火という言葉には、3つの観点が込められています。まず、炭火は常に燃え続けるという性質があります。浄智寺のお坊さんも教育委員の一人なのですが、浄智寺では、冬の寒い朝になると、まず七輪を炊くのが修行僧の最初のお仕事だそうです。前日から火を焚いておき、灰が被せられた状態の炭は500度くらいで燃え続けています。翌日になってその灰をどけて、息を吹きかけると、赤く燃え上がり、1000度くらいまで温度が上がります。一晩中ずっと燃えているのです。」このエピソードを元に「そのような学びをしてほしい」と説明します。「つまり、受験や資格のためだけに勉強するのではなく、社会は常に変化していくので、その時々で必要な知識や学びも変わっていく中で、一発花火のような学びではなく、常に学び続けられるような子供、学習者を育てていく必要があるのではないか、という考えが『持続性』です」「次に、『多様性』です。炭も形や燃え方、材質も様々です。そのような多様性を理解しながら、それぞれに合った燃やし方、燃え方を支援していく必要があります。」「そして、『伝播性』です。炭は一つ燃えると、どんどん広がっていきます。自分の学びを色々な人や場所に広げていけるような学習者を育てたい、という思いを込めて、この炭火という言葉を学びの標語にしよう、ということになりました」さらに、実現のためのアプローチについても語りました。「炭火のような学び手を育てるためには、どのようなことをしていかなければならないのか、という点が重要です。『炭火のように学びなさい』と言って、すごい圧力で『これを勉強しろ』と押し付けるような、昔の詰め込み教育をしてしまうと、子供たちは苦しく、受け身になってしまいます」「『炭火のように学ぶ』ということは、自分から主体的に学びたいことを学んでいくということなので、行政や大人が子供に何を勉強してほしいかではなく、子供が何を学びを掴み取っていくのかを大事にしなければなりません。それを私たちは『学習者中心の学び』と呼んでいます」と、教育の方向性を明確に示しました。「学習者中心の学び」を実現する具体的な取り組み理念を説明した後、小原さんは具体的な取り組み事例を紹介します。「例えば、『IoTトング』というものがあります。これは何かというと、鎌倉の子供たちは環境意識が高いのですが、学校の周りのごみを何とかしたい、ポイ捨ても多いし、それをちゃんとリサイクルしたいという思いを持っています。しかし、ごみには様々な種類があり、リサイクル方法も違うため、単純に燃えるごみとして処理すれば良いのか、リサイクルできるのかが分かりません」「そこで、実態調査をしようということになり、鎌倉市がスタートアップ企業と連携して、IoTトングを開発しました。このトングでごみを拾うと、ごみの素材がその場で分かります。また、一度ごみを拾っていくと、後でデータとして、どのようなごみが多いのかを全て把握することができます」参加者が「私が持っているものが分かるんですか?」と質問すると、小原さんは「まさにそうです。これを使うことで、ごみ拾いをしながら、どのようなごみがあるのかを調査し、その結果に応じて、この地域ではどのような対策をすれば良いのかを提案することができます」と答えました。また、子どもたち自身が主体的に問題解決に取り組んだ事例も紹介しました。「小学校6年生が『なぜ僕たちはシャーペンを使ってはいけないのか』と質問してきました。確かに、なぜダメなのかと疑問に思いますよね。そこで、子供たちは先生に『ダメだ』と言われるのではなく、自分たちで調査を始めました」「同じ6年生にアンケート調査をしたり、シャーペンと鉛筆のどちらがエコなのかを調べたりしました。その結果、『あまり変わらない』とか、『どちらで勉強しても学習効果は変わらない』ということが分かりました。そして、その調査結果を資料にまとめ、先生方にプレゼンテーションをしました。その結果、小学校によっては、一定学年以上はシャーペンを使っても良いというように、校則が変わったそうです」「地域と学校をつなぐ」様々な工夫と課題説明の後、参加者からの質問に答える時間となりました。対話を通じて、学校と地域をつなぐ具体的な取り組みや課題が浮き彫りになっていきました。みんなの想いを形に!クラウドファンディングで広がる学び参加者: 「ごみ拾いの話や、IoTトングの話がありましたが、どういう仕組みでやっているのか、もう少し詳しく教えていただけますか?特に予算はどうやって確保しているのでしょうか?」小原さん: 「こういうところにお金を出すのが、教育委員会としては一番難しいのです。例えば、人が足りないとか、物が壊れたという場合は、財政課に言いやすいのですが、こういう前向きなことをやりたい、例えば『何々が壊れたので20万円必要です』というより、『こういう前向きな取り組みをしたいので1万円支出してください』という方が、なかなかお金が出にくいのです。効果が見えにくいということもあります」小原さんは、鎌倉市の特徴的な取り組みを詳しく説明しました。「そこで、鎌倉市では『スクールコラボファンド』という取り組みをしています。これは、税金財源だと、みんなに公平公正な学びを提供しようという考え方になり、特定の学校や教室だけにお金を出しにくいという課題があります。そこで、ガバメントクラウドファンディングを活用し、寄付という形で資金を集めています。これはふるさと納税の対象にもなります。ちなみに、鎌倉市内の方も税控除があります。返礼品は、子供たちの笑顔です(笑)。寄付をしていただいた財源を使って、現場にお金を出すという仕組みです」クラウドファンディングの活用方法についても具体的に語りました。「これも、行政主導で『この学校でこれをやりなさい』というのではなく、子供たちと先生が話し合って、『これは外部の人を呼んだ方が良い』となったら、私たちに声をかけてもらい、そのための費用を出すという形です。先日も、企業の社長さんが2人が、それぞれ500万円ずつくらい寄付してくださったりしました。そのような寄付を財源として使わせていただいています」「やってみたい」が育つ!総合学習で実現する探究の時間参加者: 「実際に、これらの取り組みはどの授業の時間に行われているのでしょうか?通常の教科の中でやっているのですか?」小原さん: 「大体は総合的な学習の時間でやっています。総合的な学習の時間は、20年前の制度改正で生まれたのですが、急に生まれたものなので、『これ何をやれば良いんだ』という感じで、なかなかうまく活用できていませんでした。しかし、今はお金をつけたことで、そのお金を使って、NPOに委託をしています」小原さんは、外部の専門家との連携によって授業の質を高める取り組みを紹介しました。「NPOの方々は、探求的な学びのスペシャリストを雇っており、学校の先生に寄り添って相談に乗ったり、『こういう風にやったら良いのではないか』とアドバイスをしたりしています。このような学び方は、世界的にもまだまだ確立していません。どのようなテーマでやれば、みんなが盛り上がるのか、子供によっても違います。」先生たちと一緒に考える、教育大綱の広め方参加者: 「新しい教育大綱について、学校現場ではどう受け止められているのでしょうか?また、どのように浸透させていく予定ですか?」小原さん: 「まず、現場に浸透させていくという観点では、3月、4月頃に、各タイプを確定させます。並行して3月頃から、局長と私で、全小中学校を回り、このテーマで、今のような場を全先生と持つということをやろうと思っています。特に先生方には、『学習者中心の学び』とはどのような学びなのかを、深く議論してもらいたいと思っています」単なるトップダウンではなく、先生方と一緒に考える姿勢を大切にしていると小原さんは強調します。「先生方も教育の専門家なので、それを議論することで、『こういう学びを、今、科目からやろうとしているんだな』ということを、腹落ちする経験をしてもらいたいと思っています。単純に『こうだからこうやってね』というより、『学習者中心の学びとは何だろう?』ということを、まだ世界的に定義付けられていないので、一緒に考えていくような場を持ちたいと思っています。その一つとして、このようなクラウドファンディングを活用しているということを共有していく予定です。」一人ひとりに寄り添う、不登校の子どもたちへの支援参加者: 「不登校の子どもたちへの支援はどうなっているのでしょうか?一人一人に合わせた対応が必要だと思うのですが」小原さん: 「例えば、不登校という問題を例にとると、文部科学省の解像度では『不登校だから、スクールカウンセラーの人数を増やします』というような対策を打ち出します。しかし、これは解像度が非常に低いのです。スクールカウンセラーの支援を必要とする子供もいれば、担任の先生との対話が必要な子供もいれば、親との対話が必要な子供もいます。子供によって、必要な支援はバラバラなのです」鎌倉市では新しい取り組みを始めることも明かしました。「来年4月には『学びの多様化学校』を由比ヶ浜に開校します。これは、子供たちと一緒に名前を決めたのですが、不登校の子供たちのための学校です。子供たちは『学びたい』という意欲は持っているのですが、今の学校では学びに向かえないという状況があります。そのような子供たちに、ここで学んでもらいます」子どもの状況に応じた柔軟な対応の必要性も語りました。「逆に、学びに向かえない子供もいます。そのような子供たちは、不登校というよりも、福祉的な支援が必要な場合もあります。そのような子供たちを、福祉の担当者につなぎ、一緒に支援をしていきます。本当に、一人ひとりのパーソナリティに合わせて、支援を考えていく必要があると感じています」壁を越えて子どものために~教育と福祉の連携への挑戦参加者: 「教育委員会と福祉部門の連携はどうなっているのでしょうか?子どもたちの支援には両方の視点が必要だと思いますが、縦割り行政の壁はありませんか?」小原さん: 「そこが、行政の非常に難しいところです。保護者の方もいらっしゃるので、行政を信用できないという壁を作られてしまうこともあります。不登校の担当者は、本当に大変そうで、どれだけ子供のことを思って、どのような支援が必要かを話そうとしても、一度心を閉ざしてしまうと、なかなか会話ができないということがあります」対立ではなく子どもを中心に考えることの重要性を説きました。「そのような場合、私が外から見ていて、勘違いもあるかもしれませんが、議論の中心に子供がいないことが多いと感じます。子供のためにどうすれば良いかという議論ができている時は、必ず何とかなるし、苦しくても前に進めます。しかし、『あの先生のせいで、うちの子が不登校になった』という議論になったり、『もしかしたらそれが要因かもしれないけど、あいつを処分しろ』という議論になったり、『学校を訴える』というような権利主張の議論になった瞬間に、話がこじれてしまいます」コミュニケーションを大切にした取り組みを紹介しました。「鎌倉市が今頑張っている連携は、まず密なコミュニケーションをとることです。現在、学校を通じた教育相談は教育センターが担当し、福祉的な支援は子供家庭センターが担当しています。担当者が行ったり来たりしている状態なので、まずは事実として連携をしながら、そこを進めていきたいと思っています」データでつながる?情報共有の可能性と難しさ参加者: 「子どもたちの情報を共有するために、データ連携は進んでいるのでしょうか?例えば、不登校の傾向を早期に発見するような取り組みはありますか?」小原さん: 「地域によってまちまちです。たとえば箕面市はデータをきちんと連携して、みんなで受け継いでいくような基盤を作っている事例もあれば、データは受け継がれているだけで、それを使う側のリテラシーが追いついていないという地域もあります。鎌倉市が今頑張っている連携は、まず密なコミュニケーションをとることです。現在、学校を通じた教育相談は教育センターが担当し、福祉的な支援は子供家庭センターが担当しています。担当者が行ったり来たりしている状態なので、まずは事実として連携をしながら、そこを進めていきたいと思っています。実際の事例としては、例えば横浜市は不登校傾向の子供をデータで見つけるというものです。『こういう傾向がある子供は不登校になりそうではないか』という予測を立てますが、それは『何日か一回休む』とか『こういう休み方をする』とか『成績が急に落ちる』といったデータなどから推察します。ただ、データの分析方法もまだ開発中です。」さらに、データ連携の技術的な課題についても触れました。「例えば、『この後、コーヒーを飲んだ』というようなことを忘れたくないので、それを記録したいのですが、それが難しいのです。まだマイナンバーとの連携も進んでいません。3歳くらいの時に、児童相談所で相談があったというデータと、小学校で不登校になっているというデータが紐づかないのです『当時の担当者が全て記録しておけば良い』と思うかもしれませんが、児童相談の案件は非常に忙しいので、記録がうまく残らないのです。それが、データ連携を難しくしています」子どもたちの居場所づくり~数字では測れない大切な空間参加者A: 「COCORU鎌倉のような子どもたちの居場所づくりの取り組みについて、どのように評価していますか?利用者数だけでは測れない価値があると思うのですが」小原さん: 「学校内のフリースペースも、泊まり木のような場所にしてほしいと、教育長がよく言っています。『泊まり木』なので、ずっといる場所ではありません。しかし、羽が疲れて飛べない時に、ちゃんと休めて、そこから羽ばたく場所が、教室かもしれないし、良いフリースクールかもしれません」多様な居場所の必要性を強調しました。「少ししんどい時に休める場所として用意する、そういう色々な居場所が、子供にとって必要だと思います。教室にいなくても、COCORU鎌倉さんでも良いし、フリースペースでも良いし、その子にとって安心できる居場所が、どこかにあることが大事です。それが、社会的に寛容になるということだと思います」これからの鎌倉の教育を共につくろう!会の終盤、小原さんは参加者に3つのお願いをしました。「一つ目は、教育大綱でこのような議論をしているということを周りの人に話してほしいこと。二つ目は、対話の場にぜひ参加してほしいこと。三つ目は、教育大綱の趣旨を実現するためのクラウドファンディングへの協力やシェア、拡散をお願いしたいということです」参加者からは「先生だけに負担をかけるのではなく、地域と連携していくことが必要」「子どもが社会に出ていく仕組みを、学校教育と民間が連携して作っていけるといい」などの意見が出されました。小原さんは「連携と言っても何も言っていないことが多い。小中連携がうまくいった自治体の校長先生に聞いたら『とにかく学期の終わりの飲み会を毎回やるようにした』と言っていました。連携していくために、まずは教育関係者が密にコミュニケーションをとっていくことだと思います。私も皆さんと様々にこれからも話していければと思っています。」と締めくくりました。小原さん、本当にありがとうございました!!※スクールコラボファンドはこちらで詳細をご覧ください!https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kyoplan/kamakura-scf.html