冬の訪れを感じる2024年12月、NIHOkamakuraに深い対話の輪が広がりましたー「集い、対話から未来をつくる」をテーマに2016年から続く「鎌倉ギャザリング」が、新たな形で実現しました。「何でもない日常を祝う」という視点から、ビジネスの現場から禅やAIの深層までを跨ぐ宍戸幹央さんを講師に、私たちの在り方を見つめ直す機会となりました。サイエンスとスピリチュアルの出会う場所「最近世間で少しずつ話題になってきている幾つかコンセプトがあります。ウェルビーイング、サステナビリティ、そしてトランスフォーマティブ(変容)です」。講師の宍戸幹央さんは、そう切り出しました。ITコンサルタントとして企業変革に携わりながら、同時に日本の精神文化の現代的な意義を探求してきた宍戸さん。一見相反するような立場だからこそ見えてきた、新しい時代への示唆が語られていきます。現代社会と日本の叡智「トランスフォーマティブトラベル、という言葉が最近出てき始めました。自己変容する旅ということです。まさに海外から『自己変容の旅』の場所として日本が選ばれることが増えています」と宍戸さん。それは単なる観光ではなく、日本固有の精神性との出会いを通じて、自己を見つめ直す旅なのだといいます。特に印象的だったのは、古事記に描かれる「天の岩戸開き」の現代的解釈です。天照大神が岩戸に隠れ、世界が闇に包まれた時、アメノウズメノミコトは楽しく踊り、神々の笑い声で岩戸が開いたという話。「今、私たち一人一人が岩戸の中にいるような状態かもしれません。その時、必要なのは『オモシロオッケ』—楽しい、嬉しいという感覚なのです」この「オモシロオッケ」という古語には、現代のウェルビーイングにも通じる深い知恵が込められています。笑いや踊りという身体性を伴った解放が、個人や社会の変容をもたらすという視点は、現代の心理学やマインドフルネス研究とも響き合います。科学とスピリチュアルの融合この日、興味深い具体例として語られたのが、慶應義塾大学医学部出身の医師と弁護士との出会いのエピソードです。通常の医療の枠を超えて宇宙的な視点を持つようになった医師(通称:ドクター・ドルフィン)と、東大出身で米国でも活躍した弁護士。一見すると全く異なる分野の専門家同士が、深い次元での共鳴を見出したのです。「お二人が出会われた時、『アンドロメダで会いましたね』『同じ宇宙船でしたよね』という会話になったんです」と宍戸さんは笑顔で語ります。一見突飛に聞こえるこのエピソードには、重要な示唆が含まれています。科学的思考と精神的な探求は、決して相反するものではない。むしろ、それらが出会うところに新しい知見が生まれる可能性があるのです。AIの時代における人間の価値「AIは知性です。人工知能は既に博士号レベルの知性を持っています」と宍戸さん。しかし、それは逆説的に、データ化できない人間固有の価値が明確になってきているということでもあります。身体感覚、直感的理解、目に見えない価値を捉える力。これらは日本の伝統文化の中で大切にされてきた要素でもあります。「データ化されない感覚や価値の重要性を説く本が、海外でも増えてきています。日本には元々そういう感覚が根付いていたのです」実践から学ぶ会の中盤では、興味深いワークショップが行われました。二人一組になって30秒ずつ話をする実践。ただし1回目は相手を完全に無視し、2回目は深く傾聴するというものです。マインドフルリスニングのワークショップです。普段当たり前に行っているはずの「聴く」という行為の持つ深い意味を、参加者それぞれが体感しました。「判断を保留にして、ただ相手の存在を受け止める。その姿勢が、新しい気づきや創造性を生み出す源泉となります」と宍戸氏は語ります。日常生活の中でも、朝、部屋を出る時にドアをゆっくりと開けるような小さな意識の積み重ねが、大きな変化をもたらす可能性を秘めているのです。「実は企業の役員研修でも似たようなワークを行うことがあります」と宍戸さん。相手をジャッジせずに聴く力は、イノベーションの源泉になるというのです。なぜなら、反対意見や異質な考えこそが、新しい発想を生む種になるから。「全員一致の意見を採用しないというのは、ユダヤ人の会議の知恵でもあります。反対意見がないということは、誰かが本音を言えていない可能性がある」そんなイノベーションとのつながりも話してくださいました。シンギングボウルと瞑想の技法続いて行われたのは、シンギングボウルを使った瞑想体験です。ここでも、日本の伝統的な身体観と現代的な実践が見事に融合していました。「難しいことは考えなくていいんです。ただ今この瞬間の感覚を味わってみましょう」。「一番理想的なのは赤ちゃんの体のような状態です」と宍戸さん。「なぜ赤ちゃんは疲れないか。それは骨だけで重みを支えているから。筋肉を使わずに、仙骨から骨を積み上げていくような感覚で座ります」宍戸さんの優しい声に導かれて、参加者たちは深いリラックスの時間を共有しました。歴史的視点と現代の課題明治維新と日本の教育対話の中で特に興味深かったのは、現代の日本人が直面している課題の歴史的背景についての指摘です。「明治維新の時期に、日本の教育システムは大きな転換を迎えました」と宍戸さん。工業化社会の中で生き残るため、西洋的な教育モデルを急速に取り入れていった日本。その過程で、批判的思考や個人の主体性を育む場が失われていったというのです。特に象徴的なのが、哲学科の位置づけを巡る議論でした。「当時の議事録に残っているのですが、批判的に考える学問である哲学を、文学部の隅に追いやるという決定がなされました。体制に対して批判的になる学問はいらないのではないか、という議論があったのです」かつての寺子屋で育まれていた「生きる哲学」は失われ、上意下達の教育システムが確立。それが現代の同調圧力や、個人の意見表明の難しさにつながっているのかもしれません。日本的リベラルアーツの可能性しかし、そこには新しい可能性も見えてきます。例えば、アリストテレスの思想と日本の伝統的な世界観には、意外な共通点があるといいます。「ロゴスという言葉は、単なる論理や言葉だけを指すのではありません。その中には霊性や芸術性も含まれている。そして興味深いことに、アリストテレスの『政治学』の最終章は音楽なのです」このように、西洋の知性と東洋の感性は、より高次の次元で統合される可能性を秘めています。これからの時代に向けて個と全体の新しい関係性「日本人は女性性が強いので西洋の男性性にはかなわない、というのではありません」という話も参加者から出ました。「両方の特質を理解し、活かしていく。それが日本人に求められている役割なのではないでしょうか」八百万の神の世界観は、実は個の尊重と全体性の調和を示す優れたモデルかもしれません。一人一人が個として立ちながら、同時に全体とつながっている。そんな関係性は、分断の時代に必要とされる新しい社会の在り方を示唆しているようです。実践の広がり既に、このような考え方は具体的な形となって広がりつつあります。例えば、道後温泉や有馬温泉など、日本の温泉地でマインドフルネスの実践を取り入れる試みが始まっています。伝統的な場所で現代的なウェルビーングを実現する—そんな新しい統合の形が生まれているのです。結びに鎌倉という土地柄、防災への意識は常に高く持たれています。しかし、物理的な備えと同じくらい大切なのが、心の備え、そして人と人とのつながりかもしれません。この日の対話で印象的だったのは、参加者一人一人の表情が、時間とともに柔らかく、そして確かな光を帯びていったことです。それは、自分自身の在り方を見つめ直し、新しい可能性に気づいていく過程の現れだったのかもしれません。宍戸さんは最後にこう締めくくりました。「データやAIの時代だからこそ、人間にしかできない気づきや創造性が重要になってきます。その意味で、日本の伝統的な叡智は、これからの時代を照らす光になるのではないでしょうか」鎌倉ギャザリングuniverseは、そんな気づきと創造の場として、これからも続いていきます。