NIHO kamakuraで開催された音楽セミナー第4回。今回のテーマは「JAZZ」です!真夏の夜、カレーの香りが漂う中、講師の石原ヒサヨシさんが、ジャズの奥深い世界へと私たちを誘ってくれました!「ジャズってオシャレっぽいイメージあって、ジャズクラブなんかにも憧れるけど、なんか難しそうだし、どうやって聴いて、何を楽しめばいいやら…」参加者の誰もが持っていたこの悩み。でも石原さんは、ジャズを理解するための5つの特徴を提示してくれました。この5つを理解すれば、ジャズがぐっと身近になるはずです!1. インストゥルメンツ(楽器中心の音楽)「ジャズの第一の特徴は、基本的にボーカルがないインストゥルメンタル音楽だということです」と石原さん。ロックやポップスと違い、ジャズは楽器が主役。サックス、トランペット、ピアノ、ベース、ドラム…これらの楽器が、まるで人間が会話するように音楽を紡いでいきます。リード楽器とリーダーシップの関係「ジャズバンドのリーダーって、昔は大体サックスやトランペットやドラム奏者なんです」と石原さん。なぜか?それは生音で音が目立つから。管楽器は現場で一番聞こえやすく、観客にも印象を残しやすい。加えて、これらの楽器奏者は作曲ができる人が多いため、自然とバンドのリーダーとなることが多かったのです。一方、ベースやギターは長らくリーダーにはなりにくかった。「ベースは生音が聴こえにくかったかったから。でもマイクとアンプの技術が発達して、ようやくベーシストもリーダーになれるようになったんです」2. スウィング、ハーモニー、即興続いての2つ目は、ジャズの音楽的な特徴についてです。スウィング:ジャズの心臓部ジャズの真髄とも言える、スウィング。「スウィングって何かわかりますか?」聞いたことはあるかもしれませんが、石原さんは身振りも使って説明してくれました。「振り子を想像してください。端でゆっくり、真ん中で速くなる。ゴルフのスイングと同じです。『カッカッカッ』というメトロノームの均等なリズムじゃなくて、『トゥーク、トゥーク』という振る感じ」この独特のリズムの「揺れ」が、ジャズ特有のグルーヴを生み出します。同じ4拍子でも、クラシックやロックとは全く違う感覚。メトロノームのような機械的なリズムではなく、重力に逆らいながらも自然に揺れる、生きたリズムなのです。ハーモニー:複雑で豊かな響き「ジャズのハーモニーは、ポップスに比べてずっと複雑です」特に重要なのが「ブルーノート」。通常の音階より3度と5度が半音低い音階です。このズレが、ジャズ独特の哀愁や色気を生み出します。「ドミソの和音にシやレ♭を加えたり、9thや11thといった複雑な和音を使う。これがジャズの大人っぽさの秘密です」同じメロディーでも、ハーモニーが変わるだけで全く違う表情を見せるのです。即興:瞬間の創造ジャズといえば「即興で弾いている」といったイメージの人も多いのではないでしょうか。それも実は、ちゃんとした構成があるんです。「ジャズの曲構成は基本的に、テーマ→ソロ→テーマになっています」まず全員でテーマ(メロディー)を演奏。その後、各奏者が順番にソロを取ります。このソロこそが即興演奏。楽譜に書かれていない、その瞬間に生まれる音楽です。「例えばマイルス・デイヴィスの『So What』。テーマはたった2つのコードしかない。でもそこから30分も即興演奏が続くことがある。同じ曲でも、演奏するたびに全く違う音楽になるんです」石原さんは、ビバップというジャンルの始祖チャーリー・パーカーのエピソードも紹介してくれました。「彼は楽譜が読めないミュージシャンに『俺の後について来い』と言って、即興で新しい曲を作ってしまった。これがジャズの醍醐味です」その場で曲が生まれる!これがジャズのすごさですね…3. 音楽家たちの競演続いて3つ目の特徴は、ジャズの構成メンバーについてです。「ロックバンドは固定メンバーが普通ですが、ジャズは違います」一匹狼たちの世界ジャズミュージシャンは基本的に「一匹狼」。マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンス…彼らは個人名がブランドとなり、その時々で異なるメンバーと演奏します。「今日はマイルスがリーダーでコルトレーンがサイドマン。明日はコルトレーンがリーダーで別のメンバーと演奏、みたいな。この流動性がジャズの面白さです」このミュージシャン各人の独立性こそが、ジャズの創造性を支えています。固定されたグループではなく、様々な組み合わせが新しい化学反応を生み出すのです。石原さんは「例えば好きな推しのミュージシャンがいたら、その人が参加している作品を追いかけていくと、『ああ、○○との組み合わせだ』『これを経て、こういう音楽になったのか』そういった楽しみ方もできる」と楽しみ方のコツも教えてくれました。セッションという文化ジャズのミュージシャンは基本的に一匹狼なので、演奏のたびに、他の誰かと一緒になります。いわゆる「セッション」です。ジャズクラブで頻繁に開かれる「ジャムセッション」というのは、ほぼ初対面のミュージシャン同士が、その場で音楽を作り上げる形態です。その時の共通言語は、「スタンダード曲」と「コード進行」だけ。「ニューヨークのジャズクラブでは、深夜になると有名ミュージシャンが飛び入りすることも。マイルスが突然現れて演奏を始めたなんて伝説もあります」この即興性、開放性こそが、ジャズを生き生きとした音楽にしているのです。事前の打ち合わせもなく、その場の感性だけで音楽を作り上げる——これほどエキサイティングな音楽体験は他にないですね…4. ジャズのルーツ:偶然が生んだ奇跡そしてここからは、ジャズの面白みが生まれてきた経緯を見ていきます。独特なジャズという文化は、どうやって生まれたのでしょうか?「ジャズの誕生は、アメリカの歴史と切り離せません」南北戦争後、敗北した南軍の軍楽隊楽器が大量に市場に出回りました。これを手にした解放奴隷たち。安価で楽器が手に入るようになったことが、ジャズ誕生の第一歩でした。さらに重要だったのが、ジャズが生まれたニューオーリンズという土地の特殊性です。ここでクラシックの素養を持つクレオール(フランス系黒人)と、アフリカのリズムを持つ黒人が出会ったのです。南北戦争後、「一滴でも黒人の血が入っていたら黒人とみなす」という法律により、クレオールは地位を失います。財産を奪われ、落ちぶれたクレオールたちは、同じ地に住む黒人たちと交流することになりました。その時、クレオールたちのヨーロッパ由来のクラシックの知識と、奴隷として連れてこられた黒人のアフリカ的なリズムが合わさったところから、ジャズが生まれたのです。さらにニューオーリンズには「セカンドライン」という伝統的なお葬式の行進がありました。お葬式の行きは神妙に振る舞い、帰り道は賑やかに音楽を演奏する。「生きている時は辛いから、死んだ時ぐらい賑やかにハッピーに」という精神です。この「人生の辛さを音楽で乗り越える」という考え方こそが、ジャズの根本精神となったのです。禁酒法が生んだ黄金期(1920〜1940年代)そしてその後のアメリカでの禁酒法時代も、ジャズの洗練に貢献します。表向きは酒が禁止されていたものの、闇酒場が繁栄し、そこでジャズが求められて演奏されるようになったのです。アル・カポネのような大物ギャングもパトロンとなり、ジャズミュージシャンたちに演奏の場と収入を提供したことで一気に普及していきました。しかし第一次世界大戦が始まったこともあり、酒場の規制が厳しくなってジャズミュージシャンは居場所を失い、北上していきました。シカゴ、カンザスシティ、そしてニューヨークへと北上していく中で、かえってこの地理的な移動が、ジャズの進化を促進したのです。田舎の素朴な音楽が、都市部の洗練された文化と融合することで、より大衆化され、複雑で芸術的な音楽へ変化していきました。5. 破壊と創造:100年の進化こうして数奇な運命で生まれたジャズ。生まれの柔軟さ、生命力も相まって、ジャズは多様に発展していきます。ジャズのトレンドが生まれては、後進が破壊して新たなトレンドを創造する、その破壊と創造の歴史を、ジャズ界の巨人を通じて最後に振り返ります。ルイ・アームストロング:ジャズの始祖まずは「サッチモ(大きな口)」の愛称で親しまれるジャズの父から。ニューオーリンズ生まれで、シカゴで活躍しました。スキャット唱法を開発したトランペッターで、「素晴らしき世界(What a Wonderful World)」で世界中を魅了。エンターテインメント性も抜群で、まさに芸人のような魅力を持っていました。彼が体現したのは、ニューオーリンズの葬式行進「セカンドライン」の精神。「生きている時は辛いから、死んだ時ぐらい賑やかにハッピーに」という黒人文化の精神が、ジャズの自由な表現につながっています。チャーリー・パーカー:最初の破壊者しかし、このジャズの世界に最初の「破壊者」が現れます。1940年代、ジャズはダンスミュージックとして商業的に大成功していました。しかしチャーリー・パーカーは「これじゃダンスの伴奏じゃないか」と反発。より複雑で、聴くための音楽「ビバップ」を創造しました。「パーカーの演奏は、それまでの常識を完全に破壊した。誰も追いつけないスピード、考えもしなかったフレーズ。でもそれが新しいスタンダードになったんです」「バード」の愛称で呼ばれ、「金、女、薬にまみれた壮絶人生」を送りながらも、サックスを持たせると誰にもできないようなスピードと正確さで即興演奏。その超人的な技術で、ジャズの可能性を一気に押し広げました。マイルス・デイヴィス:連続革命の帝王そのパーカーの弟子として登場したのが、後に「ジャズの帝王」と呼ばれることになる男、マイルス・デイヴィスでした。彼こそ、破壊と創造の体現者でした。自身でトレンドを作り、それをさらに壊すのです。- ビバップで活動開始- クール・ジャズを創造(『クールの誕生』)- ハードバップに転向- モード・ジャズを確立(『カインド・オブ・ブルー』)- エレクトリック・ジャズを開拓(『ビッチェズ・ブリュー』)すごい所業です。「マイルスは言いました。『同じことを2度やったら、それは死んでいるのと同じだ』。常に自分自身を破壊し、新しいものを創造し続けたんです」チャーリー・パーカーへのコンプレックスから、「少ない音でしっかり曲を作って、ここぞというところで自分を出す」というスタイルを確立。的確な音で最大の効果を狙いました。さらに後進の育成でも「マイルス・スクール」と呼ばれるほどの影響力を持ち、ジョン・コルトレーンやハービー・ハンコックなど、後のジャズ界を背負う人材を育てたのです。セロニアス・モンク:究極の破壊者しかし、マイルスと同時代に、全く異なるアプローチでジャズを革新していた人物がいました。「鎌倉にあるCafé BIRDのマスターが言うんです。『破壊と創造、これぞジャズ!それを体現しているのは実はモンクなんだ』って」セロニアス・モンクです。セロニアス・モンクは、音程もリズムも「間違っている」ように聞こえることがありますが、それは計算された逸脱。既存の美意識を破壊し、新しい美を創造する究極の個性派です。「『ラウンド・ミッドナイト』や『ブルー・モンク』といった名曲を聴けば分かります。一見めちゃくちゃに聴こえても、そこには確固たる美学がある」唯一無二、逸脱、ユーモア、奇行伝説の持ち主で、まさにジャズの自由な精神を体現した人物です。ビル・エヴァンス:白人の美学一方、マイルスが自らのバンドに迎え入れた白人ピアニストがいました。クラシックの素養を持つビル・エヴァンスです。非常に耽美的な旋律で、特に日本人好みの音楽を作る人でした。ピアノトリオ(ピアノ、ベース、ドラム)という編成の魅力を広めた功労者でもあります。『ワルツ・フォー・デビー』は不朽の名作。「3つの楽器だけでこんなに豊かな音楽が作れるのかと驚きます」と石原さん。特に女性には聴きやすく、ジャズの入り口として最適です。ジョン・コルトレーン:精神世界への探求そんなマイルスが最も愛した弟子の一人が、モンクからも大きな影響を受けて、後に独自の道を歩むことになります。ジョン・コルトレーンは、マイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクの影響を受けながら、モードからハードバップ、さらにはインド音楽、精神世界へと音楽的探求を深めました。「シーツのようなテナー・サックス」と評される、切れ目のない音で知られるサックス奏者。スピリチュアルな人で「私は聖者になりたい」と言って亡くなったという伝説があり、『My Favorite Things』『至上の愛(A Love Supreme)』などの名作を残しました。アート・ブレイキー:日本での再生ところが時代は変わり、ジャズに大きな危機が訪れます。1964年2月7日、ビートルズがアメリカに上陸。ジャズは一気に「古い音楽」になってしまいました。若者たちがビートルズに熱狂し、ジャズは危機を迎えます。表現の機会を失ったジャズミュージシャンは新天地を求めてヨーロッパや日本などに向かいます。その結果、日本で一大センセーションを巻き起こしたのが、アート・ブレイキー。1961年の来日で全国を公演で巡り、「街を歩けばファンに囲まれ、蕎麦屋の出前が『モーニン』を口ずさむ」ほどの人気で、日本が確固たるジャズの新天地となったのです。シンプルなテーマとR&Bフィーリングが特徴のハードバップやファンキーというジャンルを確立。ジャズ・メッセンジャーズを率い、「俺のバンドは学校だ。学んだら卒業していけ」という言葉通り、多くの若手を育てた教育者でもありました。ジミー・スミス&ウェス・モンゴメリー:邪道の王道さて、これまで紹介してきたのは「王道」のジャズミュージシャンたちでした。しかし、ジャズの世界には「邪道」と呼ばれた人たちもいました。「かつて『邪道』とされたオルガン・ジャズやジャズギターが、今では『レアグルーヴ』として再評価されています」ジミー・スミスのオルガンは、当時のスピーカーの特性で独特の「回っている」音が特徴。ウェス・モンゴメリーはビートルズのカバーなども多く手がけ、ジャズギターの可能性を広げました。当時は「邪道」とされていましたが、現在では高く評価されています。まさに「邪道の王道」として、ジャズの懐の深さを示している存在です。>>ここまで紹介した曲のプレイリストはコチラhttps://youtube.com/playlist?list=PLQLSJPnZDWHK3dYiuGXu_KukxJcqW8r4I&si=dcidVo_wScJB4QqQ現代の破壊と創造そして現代においても、破壊と創造は続いています。ロバート・グラスパーのようなミュージシャンは、ヒップホップとジャズを融合。上原ひろみは、クラシックとロックの要素を取り入れた独自のジャズを展開しています。「破壊と創造は今も続いている。それがジャズが生きている証拠です」ジャズの身近な楽しみ方ジャズ喫茶でジャズに出会う「鎌倉には素晴らしいジャズ喫茶があります」Café Bird(和田塚)「80歳のマスターが営む、住宅街の隠れ家。最高の音響と、生きた知識の宝庫です。名ジャズマン来日時の話とか、貴重な証言が聞けますよ」JAZZの泉「鎌倉駅近くの新しいお店。退職されたご夫婦が経営。初心者も入りやすい雰囲気です」現代的な楽しみ方「YouTubeで『Kind of Blue』と検索してみてください。再生回数の多さに驚くはずです」Spotifyのプレイリストも充実。「モーニン」のようなキャッチーな曲から始めて、気に入ったミュージシャンの参加作品を辿っていく。これが現代流の楽しみ方です。「レコードジャケットも魅力的。ブルーノートレーベルのデザインは、それ自体がアート作品です」映画、小説、漫画でジャズを知る- 映画:『スウィングガールズ』(日本の女子高生がジャズに目覚める)、『セッション』(狂気的な師弟関係)、『BLUE GIANT』(アニメ化された青春ジャズ漫画)- 小説:村上春樹作品(ジャズが重要なモチーフ)、ビート文学(ケルアック『路上』)- 漫画:『坂道のアポロン』(1960年代の青春ジャズ物語)、『BLUE GIANT』(現代のジャズシーンを描く)最後に:ジャズは自由だ!セミナーの最後、石原さんはこう締めくくりました。「ジャズは自由なんです。まずは一曲、聴いてみてください。そして気に入ったら、鎌倉のジャズ喫茶に足を運んでみてください。きっと新しい世界が開けるはずです」100年間、破壊と創造を繰り返しながら進化し続けてきたジャズ。その自由な精神は、今も私たちに新しい可能性を示し続けています。---(本記事は、NIHO kamakuraで開催された音楽セミナー第4回の内容を基に構成しています。次回の開催情報は、NIHOまたは主催の石原ヒサヨシさんまでお問い合わせください!)