未来を創る「内面の成長」を鎌倉から考える~日本における内面の成長(IDG)の可能性と発展について考える会レポート~「内面の成長」って何だろう?SDGsを実現する新しい視点「探究学習は広がってきたけど、その先は?」「子どもたちの内面はどう育てていけばいいの?」—このような問いを抱えている教育関係者や保護者の方も多いのではないでしょうか。2025年3月16日、JR鎌倉駅から徒歩2分のシェアリビング「NIHO kamakura」で開かれた「日本における内面の成長(IDG)の可能性と発展について考える会」では、まさにこの問いに向き合い、教育の未来を考える熱い対話が繰り広げられました。今、世界で注目されている「Inner Development Goals(IDGs:内面の成長目標)」。これは持続可能な開発目標(SDGs)を本当の意味で実現するために必要な、人間の「内面の成長」に焦点を当てた新しい考え方です。わかりやすく言えば、「SDGsを達成するためには、人間の内面の成長も大事な要素だ」というシンプルな問題意識から生まれたものなんです。この日の会場には、教育現場の最前線で活躍する実践者から研究者まで、多彩な顔ぶれが集結。「教育をよくしたい」という共通の思いのもと、和やかでありながらも真剣な対話が展開されました。熊平美香さんが語る「リフレクション」の魔法最初に登壇したのは教育改革の第一線で活躍する熊平美香さん。ハーバード大学MBAを取得し、日本マクドナルド創業者の藤田田氏に弟子入りした経験を持つ熊平さんは、現在、文部科学省中央教育審議会委員や未来教育会議代表などを務めています。「私は良い目的のために活動する人と出会いたいし、そういう人が増えたらいいなと願っているんです」と語る熊平さん。特に印象的だったのは、子どもの視点への深い洞察です。「私は子供の視点というのはすごく正しさがある可能性を秘めていると思っています。教育の世界に入った時に、赤ちゃんの声が届いていないと思っていたんです。赤ちゃんは声を出せないから。でも今生まれた赤ちゃんに必要なものを考えてあげない限り、社会は良くならないかなと思っています」熊平さんが特に力を入れているのが「リフレクションとダイアログ」の普及です。「意見についている感情・価値観という4点セットを日本にインストールしたい」という熊平さんの言葉には、日本の教育を根本から変えたいという強い思いが感じられました。「メタ認知する力がないと対話ができないし、自分の考えを変えることもできない。そして他人と、特に違う意見を持った人たちとの共創することも難しい。」この「メタ認知」の力を育てるために、熊平さんはオランダで出会った4歳児のリフレクション実践を日本にも広げようと取り組んでいます。オランダでは先生が子どもたちに「今感じていることは何ですか?」「一番苦労したことは何ですか?」と尋ねていたそうです。これを見た熊平さんは「自分の息子にもそういうことはやっていなかった」と気づき、日本の小学校でも試してみることに。すると日本の子どもたちも立派にリフレクションができたのだそうです。「日本の子どもたちもできるんです。ただ、大人の私たちが聞いてあげていないだけなんです」この言葉には、会場からうなずきの声が上がりました。OECDから見た日本の教育―小原氏が語る国際的視点続いて、OECDの教育スキル局就学前学校教育課でPISAを担当している小原ベルファリゆりさんがオンラインで参加。小原さんは国際的な視点から、教育変革の動きについて興味深い報告をしてくれました。「PISAばかりにフォーカスすると、PISAで測れる能力ばかりに注目が行ってしまいます。PISAでは測りきれていない、AIや地球環境の変化なども考慮したこれからの大事なコンピテンシーは何かという問題意識から、新たな指標や考え方を模索する国際的な教育プロジェクトが動いている」ということを紹介。このプロジェクトには、エストニア、フィンランド、カナダなどは、「自分たちの社会を今後より良くするには、こういうことを考えなければいけない」と飛んできました一方、日本は参加していないという現状も明かされました。「なぜ日本が来なかったかというと、日本の行政官がパーソナルデベロップメントやリーダーシップのトレーニングに他国の行政官と一緒に参加することに抵抗感があったようです。また、教育の本当の変革を考えると今の制度を外さないといけないところがあり、そういう場で日本の教育行政の代表として話すことに抵抗があったようです」参加した各国についても、教育省職員や大学研究者、デジタル技術のイノベーターやNGO関係者などさまざまな教育関係者で参加したものの、いずれの国も学習者自身は連れてきていなかったので、学習者の視点を内面で感じながらワークをしたことで、深い洞察を得られたそうです。学校現場の挑戦①―かえつ有明中高等学校の実践から続いては、実際の学校現場での取り組みが紹介されました。まず登壇したのは、かえつ有明中高等学校での実践に関わる佐野さん。わずか7年前にこの学校に入学した時に見た光景に衝撃を受けたといいます。「探究学習の1週間ほどで生徒が人が変わったように生き生きと学んでいるのを見て、『この学校で何が起こっているのか』と知りたくなりました」佐野さんによれば、かえつ有明中高等学校の特徴は「先生方が様々な学びを共有する学習する組織のような学校」であること。特に印象的だったのは、高校の全6クラスのうち1クラスだけを「最高の学びのクラス」として様々な学びをプロトタイプのように導入していたことでした。このクラスを作るために何年も、先生方が授業終了後から終電までミーティングしてプログラムを組んでくださったそうです。佐野さんご自身でも取り組んだのは、NVC(非暴力コミュニケーション)の導入です。最初は「まだみんなに受け入れられないかも」という反対の声もあったものの、実際には保護者からも好評で「これが過去で一番良かった」という声まで上がったそうです。その後も保護者の方々が自主的に学ぶ会を開催するなど広がりを見せています。その後の質疑応答では、「プログラムの作り方はどのようなものだったのか」という質問に対し、西田校長が答えました。「かえつ有明では最初に先生たちが12人で合宿に行き、新しいクラスのコンセプトを作りました。でも時間が経つと先生同士の関係性にも亀裂が生じてきます。そこでNVCをやってみたんです」西田校長によれば、率直に「この人にはこういうことを感じているよね」と話し合うことで、先生同士の関係性が変わっていったとのこと。その後、「30年後、みんな定年退職した後に振り返った時に、やっぱりいい学校だったと思えるのはどんな学校だろう」という対話を通じて、理想の学校像を共有していったそうです。この取り組みの結果、「プロジェクト化」という新しい授業スタイルが生まれました。これは生徒が自分で選んで学ぶスタイルで、当初は保護者から「授業をやらないで何をしているんだ」というクレームもあったものの、説明して納得してもらったとのこと。「心理的安全性が高い環境で、先生が批判や否定をせず、生徒たちの可能性を邪魔しないという姿勢が重要です」と西田校長は強調しました。学校現場の挑戦②―白浜小学校の「つなぐ」教育続いて、和歌山県の白浜小学校の西田校長の取り組みが紹介されました。西田校長は寺の子として育った背景から「人を殺すな、差別するな、困った人がいたら助けよ」という父の言葉を大切にし、教育にも生かしているといいます。「白浜にある南方熊楠記念館の南方熊楠さんのマンダラ思想、つまりいろんなものを繋ぎ合わせていくという考え方にも興味を持っています」西田校長のキャリアも興味深いものです。和歌山県の師範学校を卒業後、教頭を経て校長になり、2018年に大きな事件への対応の中で対話の重要性を実感。コロナ禍にはオンラインでSDGsのプログラムやフューチャー・デザインなどを学ばれたとのこと。そして2023年に白浜小学校の校長に着任し、この4月からは教育長に就任されるそうです。白浜小学校での取り組みの特徴は、教員それぞれの「得意」を活かすアプローチです。「先生方の中でそれぞれが大事に考えている得意分野があるので、それをつないで学校全体で取り組みを進めています。先生の得意なところを生かしていかないと無理に『これはやらねばならない』となると歪みが出てきてしまいます」また、学校運営の方法も革新的です。通常の校長によるトップダウンの職員会議ではなく、「学校開き」という考え方を導入。「先生同士が対話をして『最近楽しいことあった?』『こんな学校にしていこうよ』という話をします。また、学校教育目標を全員で考え直し『自分が中学生だったらどんな学校に通いたいか』『そのためにはどうしたらいいか』『そのための目標は何か』ということを全員で考えました」佐野さんからは「白浜小学校はとても小さな学校で、教員は12人、全校生徒は100人です。一方、かえつ有明は生徒が1200人、先生が100人ぐらいいて、スター教師がそろっている印象があります」と対比が示されました。規模や資金が違う中でも、それぞれの学校が熱心に探究を行っている様子が伝わってきます。また、西田校長の地域との協働も注目されました。「MJLSというコーチングプログラムを地元企業の協力で実現」したことなど、地域に根ざした教育活動の重要性が語られました。「成長」と「成熟」—深まる対話の中で会の中盤では、参加者からの質問や意見も交えて、より深い対話が展開されました。特に印象的だったのは「成長」と「成熟」の概念についての問いかけです。「成長って終わりがない感じがするんですよね。経済の成長もそうで、内面の成長といえばそれで美しい意味になるのかというと疑問です。成長と成熟という言葉があって、成熟は成長が止まってから起こるものだからです。経済の世界では『成長、成長』と言ってきたせいで地球環境はこうなってしまい、最近は成熟社会という表現が出てきていますよね」この鋭い問いかけに対し、熊平さんは次のように応えました。「成長と成熟の定義の違いだと思います。おっしゃっているのは量的な成長のことで、成熟というのは質的な成長のことだと思います。今の資本主義は量的な成長で競争が原動力になっていますが、持続可能な形での『定常経済』という考え方もあります」さらに「物質を使わなくても人間の内面は成長できますし、それをどう掴んでいったり広げていったりするかという方向に『成長』という言葉を使うのであれば、それも成長ですし、『深める』方向だと『成熟』という言葉を使うかもしれません」と、概念の整理を試みました。また、別の参加者からは「IDGをゴールとすることは適していないんじゃないか」という問題提起もありました。「IDGはゴールではなくプロセスだと思います。ゴールにするとAIによってますます管理されるような状況になり、内面が数値化されたら危険な状況になるかもしれません」という懸念に対し、確かにそうだという同意とともに、「内面のところを指標化されないところで扱うというのが重要」という認識が共有されました。AIと教育の未来—熊平さんの警鐘と希望対話の中で、「学習指導要領も変わってきて、いい方向に教育が進んできている中で、次に見ている次元はどんなところか」といった質問に対して、熊平さんはAIの進展に対する懸念と希望を語りました。「次の世の中がどうなるかという問題は、AIの問題が大きいと思います。テクノロジーに対する不信感があって、GoogleとFacebookという二つの象徴的な事例があります」熊平さんによれば、Googleは当初「インターネットが民主的な社会を作る」と言っていたものの、結局は「俺が俺が」という競争原理が強調され、「人が集まる方向にアルゴリズムが動くようになってしまった」という経緯があります。「AIも環境問題などに良い使われ方ができる可能性も感じますが、GoogleやFacebookのような使われ方をすると恐ろしいことになります。これがすごく苦しくて、だから良い目的を持った良い人を増やすしかないと思っています」この言葉には、テクノロジーの進化と人間性の深化がバランスよく進むことの重要性が込められています。熊平さんは「どういう倫理観を作れば、AIと人間が共に進化できるのか」という問いを投げかけ、教育の役割の重要性を強調しました。会場からは「AIが現れた時に、管理社会になるのか共感社会になるのか、この辺は議論が必要ですね」という声も上がり、テクノロジーと人間の関係性についての深い対話が続きました。日本の教育改革—現状の課題と希望の光対話の終盤では、日本の教育行政の課題も率直に語られました。「文部科学省は国際部門とデジタル部門が弱い部署」「感度が低くなっている」という指摘や、「構造的な問題に対する認識が薄い」という課題も挙げられました。小原さんからは「OECDではメキシコや北欧などでAIとデジタルと教育トランスフォーメーションのためのプログラムを何年かやっていて、日本にも来てほしいけれど、政府から声がかからない」という具体的な事例も紹介されました。一方で、熊平さんは教員の可能性を信じる言葉も残しています。「先生方というのは子どもたちに対する共感性が高いんですよね。人との関わりが当たり前ですから、感情の理解は得意でした。これらの感情を隠しているだけです。隠さなければいけない状況にしているのは保護者とか社会です。学校が批判の場所になることが問題で、心理的安全性が低すぎるんです。でも安全な場所では全然大丈夫なんです」この言葉には、教育現場の先生方への深い信頼と、環境さえ整えばもっと素晴らしい教育が実現できるという希望が込められています。IDGsで未来を拓く—会の締めくくりに会の締めくくりに、西田校長は「IDGsという言葉はまだうちの学校でも使っていませんが、自分の在り方を広げたり見直したりすることが良い一歩につながるという感覚は皆持っているんじゃないかと思います」と語りました。そして4月から教育長に就任する西田校長は「教育委員会と学校の間にも対立の構図があるようです。このような組織のあり方をIDGsの視点で見ていくと何かできるんじゃないかと感じています」と、新たな挑戦への意欲を示しました。井戸さんは「IDGsという概念はまだ浸透していませんが、内面の成長とか言うと抽象的で分かりにくいので、IDGsという言葉を使って具体的に説明できることに意味があると思います」と、この新しい概念の可能性を語りました。熊平さんは「SDGsを知っているだけでは達成できず、現在も17%しか達成できていません。それはIDGsの部分、自分とつながって立ち止まるということが足りていないからだと思います。先生方が学校改革をしていく時に、やり方以上に大切なのは自分の在り方、ビーイングだと思います」と、会の本質をまとめました。会場を後にする参加者たちの表情には、新たな気づきと希望が満ちていました。これからの教育は、「何を教えるか」だけでなく「どう在るか」という内面の成長なしには実現できないこと、そしてそれはSDGsをはじめとする社会課題の解決にも直結することを、参加者全員が感じた3時間半でした。鎌倉から始まった小さな対話の輪が、日本の教育の未来を変えていく—そんな予感を抱かせる素晴らしい会となりました。この会合は今後も継続して開催される予定です。教育に関心のある鎌倉市民の皆さま、ぜひ次回の会にもご参加ください!