開催日時:令和7年4月3日(木)18:00~20:00場所:NIHO kamakura(鎌倉市御成町11-12 2F)講師:寒川一さん(アウトドアライフアドバイザー)主催:鎌倉ひとはこ御成町のシェアリビングNIHO kamakuraのテーブルに広げられた大きな地形図を前に、アウトドアライフアドバイザーの寒川一さんは地図への関心について語り始めました。「僕は個人的に地図が大好きなんです。学校の教科書で一番大切にしていたのは地理の教科書でした」4月の夕暮れ時、「鎌倉暮らしの防災術:地図読み編」と題されたイベントが、鎌倉ひとはこさんによって開催されました。講師を務める寒川さんの第一声は、地図への愛情を語るものでした。地図は「情報の圧縮」—知恵の宝庫「地図というのは情報の圧縮です。そこに書かれていることをしっかり読み込めばある程度はそこの街がどんな産業があって、どういう特徴があるかがわかるんです」寒川さんは地図について、単なる位置確認のツールではなく、その土地の歴史や文化、そして何より「地形」という命に関わる重要な情報を読み解くための鍵だと説明します。「自転車でツーリングをしていた時代、地図の縮尺を使って実際の距離を測っていました」と寒川さん。「例えば1/25,000の地図なら、地図上の1cmが実際の250mに相当します。これを使って行程を計算するんです」特に詳しく解説したのが等高線の読み方です。「等高線が山側に凸になっている場所は谷、凹になっている場所は尾根。災害時、谷筋は水が集まるので危険、尾根筋は比較的安全と読み取れます」と実践的な見方を教えてくれました。参加者は地図読みの基本を学びながら、スマートフォンのナビゲーションでは得られない「地形を読む力」の大切さに気づかされていきます。「地図の楽しみ方は3段階あります。まず計画段階で地図を見て『ここはどんな地形だろう』とイメージする。次に実際にその場所に行って体験する。そして帰宅後、もう一度地図を見て『あそこはこんな地形だったんだ』と振り返る。だから3回楽しめるんです」寒川さんが提案する「3回楽しむ」地図の活用法には、防災の視点が自然と織り込まれています。災害時、電気や通信が途絶えれば、紙の地図と読解能力が命綱になることを、寒川さんは説明します。地図が明かす鎌倉の真実—美しさの裏に潜む危険会場中央の地形図を指さしながら、寒川さんは鎌倉の地形的特徴について解説を始めました。海抜0mを基準にした地図からは、一見平坦に見える鎌倉の街に実は細かな起伏があることが読み取れます。「多分おそらく多くの人のイメージは全部平坦と思うんです。山じゃないから坂もそんなに下がっているかわからない程度だけど、でも実際はこれぐらい起伏しているんだなーって、見てもらえればと思います」等高線を丁寧に読み解くと、鎌倉の街が抱える隠れた地形的特徴が浮かび上がってきます。特に注目すべきは、三方を山に囲まれた独特の地形です。「鎌倉にこの場所を作った理由の一つとされているのは、三方向が山で囲まれていて、正面という一方向が海だから非常に防御しやすい場所であることです。敵がもし来るのであれば、沖から来るのは見えるし、平地から来るのは柵を作っちゃえば防げる」鎌倉幕府がこの地を選んだ理由として語られる地形的特徴。歴史の教科書でも触れられるこの魅力的な要素が、現代の防災という観点では全く異なる意味を持つと寒川さんは指摘します。「でもそれが一歩をひっくり返せばとても危険な場所だということにもなります。道路が何かダメージを受けて通行不能になると、ここは孤島状態になります」普段は風光明媚な観光地として親しまれる鎌倉の街が、実は災害時には極めて脆弱な特性を持っていることを、地図を通して実感した瞬間でした。扇状地形が語る水の脅威、複合災害地図を前に、寒川さんはさらに鎌倉特有の扇状地形について解説します。鎌倉の中心部は、山々から流れ出る水が作り出した扇状地の形状を持っています。地図で水系(川の流れ)を追っていくと、山から海へと向かう複数の川が街を縦断しているのがわかります。寒川さんが特に警告したのは、災害が単独で起きるのではなく、複合的に連鎖して発生する危険性です。「やっぱり複合災害が怖いんです。地震があったあとに今度大雨で土砂崩れが同じ地域で発生して二重被害になる、そういうのが災害のリスクとしてあります」地図上で津波の到達ラインを説明しながら、鎌倉の中心部は鶴岡八幡宮の奥の山でも標高100m程度しかなく、10メートルの津波でも30mラインまで津波が到達する可能性があることを指摘します。「多分多くの観光客の方は絶対参道を通ってしまうんですよね。もう間違いなく参道を通って川を渡ってダウンタウンに向かう。でも山に逃げるにしても、このエリアをもし津波が来たらここが危険だということを理解してください」地図を使いながら説明することで、抽象的な災害リスクが具体的な避難経路や危険地域として参加者の頭に刻まれていきます。それは単なる恐怖ではなく、「知ることで備える」という前向きな防災意識の芽生えでした。「知る」から「歩く」へ—体感する地図読み寒川さんは座学だけでなく、実際に地図を持って鎌倉を歩くことの大切さを繰り返し強調します。「最初は100メートルの高度差でも、やっぱり心拍に影響するので登っているなぁとか下っているなぁというのを体がすごいセンサーとして認識しています。やっぱり歩くということが一番地形をつかむ方法です」地図上の等高線で見た地形の起伏を、実際に自分の足と呼吸で感じること。それがいざというときの直感的な判断につながると寒川さんは説きます。「この地形をつかむには、机上の知識だけでなく、実際に歩いて体感するのが一番です。鎌倉の扇状地形を体感するなら、鶴岡八幡宮から若宮大路を通って小町通りへ。高低差を味わうなら、鎌倉駅から建長寺へ続く道がおすすめです」具体的な散歩コースの提案に、参加者からは「今度の休みに歩いてみます」という声が上がります。地図と実際の景色を結びつける体験が、日常の楽しみであると同時に、非常時の「生きる力」となることを実感した瞬間でした。実践的な防災テクニック—水と避難講座の後半では、寒川さんのアウトドア経験に基づいた実践的な防災テクニックの紹介もありました。特に注目を集めたのは、災害時の水の確保と浄化についての話です。「浄水器だけに頼らなくても簡易的な浄水方法もあります。コーヒーのペーパーフィルターでもいいですし、そういう知識があると役立ちます」普段何気なく使っているコーヒーフィルターが、災害時には命をつなぐ重要なアイテムになり得るという新鮮なお話でした。寒川さんはさらに、清水を汲む場所の選び方や、化学物質を懸念する場合の対処法なども丁寧に解説しました。「子供とか自分以外の人間でもある程度はできるようになります。さらにリスクを下げる方法がわかれば安心です。具体的には水の浄化は火をたかなくてもできます」日常のアウトドア経験が、非常時のサバイバル技術に直結するという寒川さんの哲学に、参加者は熱心にメモを取っていました。「避難所に行かない」という選択寒川さんが最も強調したのは、防災における「共助」の精神です。特に印象的だったのは、自分自身は避難所を利用せず、リソースを他の人に譲るという考え方でした。「私自身は避難所に行かずに、なるべく自分たちで生活を立てれるように準備しています。避難所のスペースを譲るという考え方です。給水車に並ばずに自分で何か別に調達できる方法を考える。自分だけでなく皆さんのことも考えた行動が大事なんですね」この言葉に、地域全体で災害を乗り越えるという寒川さんの防災哲学が凝縮されています。特に鎌倉のような観光地では、地元の人間が自活できれば、限られたリソースを観光客など土地勘のない人々に振り向けることができるという視点は、参加者に新たな気づきを与えたようでした。「もちろん命を守るというのが大前提です。観光客も多いですから、地域のことが全くわからない、地形が全くわからない、方向感覚もない人たちを何百人も観光バスが乗せて毎日走っています。もう本当に命の危険があります」次回への期待—理論から実践へ約2時間の講座はあっという間に終了時間となりました。寒川さんは次回の講座について簡単に紹介します。「次回は12日に開催します。実際自然の中で火を起こしたり、実践的な防災スキルを学んでいきます。最後の回は今までの総集編として、アウトドアの知識や僕らが持っているアイデアを共有します」シリーズの講座全体を通じて、理論と実践の両面から鎌倉での防災について学べる構成に、参加者からは次回への期待の声が聞かれました。「鎌倉暮らしの防災術:地図読み編」は、一枚の地図から始まり、鎌倉の地形、災害リスク、そして生き抜くための知恵へと広がる豊かな学びの場となりました。寒川さんの「地図を読む」という入り口から展開された防災の知恵は、単なる危機管理を超えて、この美しい街の本質を理解し、共に守り生きていくための哲学にも触れるものでした。地図を持って鎌倉の街を歩き、その起伏を肌で感じ、水の流れを目で追う—そんな日常の中に防災の視点を織り込むことが、いざというときの「生きる力」につながるという気づきを、参加者それぞれが持ち帰った充実した講座でした。[寒川一さんプロフィール] アウトドアライフアドバイザー。アウトドアでのガイド・指導はもちろん、メーカーのアドバイザー活動や、テレビ・ラジオ・雑誌といったメディア出演など、幅広く活躍中。とくに北欧のアウトドアカルチャーに詳しい。東日本大震災や自身の避難経験を経て、災害時に役立つキャンプ道具の使い方・スキルを教える活動を積極的に行っている。著書に『新時代の防災術』『「サボる」防災で生きる』『これからのキャンプの教科書』他。[次回イベント情報] 「かまくら暮らしの防災術」実践編 開催日時:令和7年4月12日 場所:NIHO kamakura(鎌倉市御成町11-12 2F) 申込み:鎌倉ひとはこ